壱くん、お願いだから近づかないで。


 え。

 なんで知ってるの?

 確かに私は、雪原小学校の出身だ。でもここは受験して入る学校だから、出身の小学校が同じ人なんてほとんどいない。それなのに、なんで


「……っ、なんで知ってるんですか」

「やっぱり! 僕、一時期その小学校に通ってて……四年生までだけど」


 四年生。
 それは私がまだ男の子のことを苦手じゃなかった頃だ。でも雉真という苗字には、まったく覚えがない。同じクラスにいれば覚えているはずだし、もしかして別のクラスだったのかな……と考えていると、


「ずっと会いたかったんだ」


 静かな、でもまっすぐな声で彼が言った。


「……ぇ」

「僕、佑茉ちゃんが初恋でずっと好きだった」

「……っ……」


 意味が、うまく飲み込めない。

 雉真くんは私を真剣な目で見て、「今も、好きだ。付き合ってください」と言いながら手を差し出してきた。

 これが普通の女の子なら、嬉しいんだろうか。
 きっと少女漫画なら、心臓がどきどきして頬が赤くなって……そんなシーンなんだろうけど。


「……ご、ごめんなさい!」


 それだけ言って、私は席を立って走り出した。廊下に出て、足が向くまま階段を上る。頭の中が真っ白で、ただ逃げることしか考えられなかった。

 男の子が怖い、それだけじゃなくて、あんな大勢がいる場所でいきなりあんなことを言うなんて……絶対というか、見ていた人がたくさんいる。明日から噂になる。考えるだけで、気持ち悪くなってきた。


「もう、嫌……」


 一人になりたくて、私は解放されているはずの屋上へ続く扉を押し開けた。風が髪を揺らして、少しだけ呼吸が楽になった気がした。遠くに見える景色をぼんやり眺めながら、膝を抱えて座り込む。

 どうして私のクラスに来たの。どうして私の小学校を知ってるの。どうして、よりによって初恋なんて言うの。

 青い空に向かって、心の中でそう叫んだ。