ギィ……と重い鉄の扉を開けると、5月の夕暮れ時の、オレンジ色に染まった爽やかな風が私たちの髪を揺らした。
誰もいない、放課後の屋上。
フェンス越しに見える街並みが、夕日に照らされてきらきらと輝いている。
「わあ……綺麗……っ」
「うん、綺麗だね。……でも、優愛の方が1000万倍綺麗だけど」
「またそういうこと言う……!」
お決まりのセリフに頬を染めていると、そーちゃんが私の正面に回り込み、行く手を遮るように両手をフェンスについた。
いわゆる、屋上での「フェンスドン」というやつだ。
夕日の逆光を浴びて、そーちゃんの綺麗なシルエットが私を包み込む。
近い。お昼休みよりも、もっと距離が近い。
そーちゃんの甘い柔軟剤の香りが、容赦なく私の鼻腔をくすぐる。
「あのさ、優愛。お昼休み、教室で『10時間くらいハグしたい』って言ったの、半分本気だったんだよ?」
「えっ……」
「だって、今日の優愛、お弁当箱新しくして嬉しそうだったし、髪型も可愛いし……。俺のこと見て『もう!』って怒る顔も愛おしすぎて、ずっと理性がハゲ散らかしそうになってたの」
理性がハゲ散らかすって何!? とツッコミたいけれど、そーちゃんの真剣な、だけど熱を帯びた瞳に見つめられて、声が出ない。
そーちゃんの手が、そっと私の頬に触れた。触れられた場所から、火がつきそうに熱くなる。
「周りの目があるから我慢したけど……ここには、俺と優愛の2人しかいない。だから……。お願い、優愛。10時間とは言わないから、10秒だけ、俺に充電させて?」
いつもは脳内自動変換でグイグイ来るそーちゃんが、こんな風に、ちょっとだけ切なそうに許可を求めてくるなんて反則だ。
……ずるい。そんなの、拒否できるわけないじゃん……!
心の中の限界オタクが「今すぐ抱きつきなさい!!」と大号泣しながら大暴れしている。
私は恥ずかしさで爆発しそうな心臓を必死に抑え、ブレザーの裾をぎゅっと握りしめながら、蚊の鳴くような声で呟いた。
「う、うん……。じゃあ、あと、10秒だけ……」
言った瞬間、世界が反転した。
「……っ、ありがと、ゆっちゃん……!」
次の瞬間、視界がそーちゃんのブレザーの紺色で埋め尽くされる。
強い力で、だけど壊れ物を扱うみたいに優しく、そーちゃんの大きな腕が私の体を抱きしめた。
そーちゃんの胸に顔が埋まる。
ドクドクと、信じられないくらい速い鼓動が、私の耳にダイレクトに伝わってきた。
え……? そーちゃん、心臓すっごく速い……。
いつも余裕そうに私を翻弄しているそーちゃんだけど、本当は、私と同じくらい緊張して、心臓をバクバクさせてくれているんだ。
それが伝わってきて、胸の奥がじんわりと甘い幸福感で満たされていく。
1秒、2秒、3秒……。
ゆっくりと流れる時間の中で、私はそっと、本当にそっと、自分の手をそーちゃんの背中に回してみた。
恥ずかしくて、服を少しつまむことしかできなかったけれど。
「っ……!!」
それだけで、そーちゃんの体がビクッと跳ねた。
そして、さらに腕の力が強くなる。
「優愛、今、自分から掴んでくれた……? やばい、嬉しすぎて本当に明日地球が滅亡するかもしれない。っていうか、可愛すぎて無理、離したくない。あと10万秒延長していい?」
「だめ! 10秒って言ったでしょぉ……!」
私の「ダメ」は、やっぱりそーちゃんの脳内で「もっと抱きしめて」に自動変換されたみたいで、結局私たちが屋上の扉を閉めたのは、それからずいぶん後のことだった。
幸せすぎて、明日が待ち遠しい。
帰り道、すっかり暗くなった夜道を、私たちは手を繋いで歩いていた。
私の家まであと少し、というところで、そーちゃんが名残惜しそうに私の手をぶんぶんと優しく振る。
「あーあ、もうすぐ優愛の家に着いちゃう。家ごと俺の部屋にワープしてくれないかなぁ」
「そんなSFみたいなこと起きないよ」
「じゃあ、明日も朝の7時に迎えにきていい? 1分1秒でも長く優愛の顔見てたいし」
「ふふ、いいよ。寝坊しないでね、そーちゃん」
「約束ね!」と、100点満点の笑顔で手を振って去っていくそーちゃんの背中を見送る。
家に入り、自分の部屋のベッドにダイブした瞬間──私の本日何度目かわからない「限界突破」が訪れた。
「うわあああああああああん!!! やっぱり今日もそーちゃんが格好良すぎて生きるのが辛いいいいいいい!!!!」
枕に顔を埋めて、足をバタバタと悶絶させる。
屋上でのハグ。
耳元で聞こえた、そーちゃんの速い心臓の音。
私の背中に回した手の感触。
全部がリフレインして、脳内が幸せなパニック状態だ。
「直接は恥ずかしくて言えないけど……。私も、そーちゃんが世界で一番、宇宙で一番大好きなんだからね……っ!」
スマホを手に取ると、すでにそーちゃんから『無事に家着いた? もう優愛に会いたくて禁断症状出てる』というメッセージが届いていた。
呆れ半分、だけど愛しさ無限大。
私はニヤニヤしてしまう口元を隠しもせず、明日もまた始まる「世界一平和で、世界一甘い日常」を楽しみにしながら、返信の文字を打ち始めるのだった。
誰もいない、放課後の屋上。
フェンス越しに見える街並みが、夕日に照らされてきらきらと輝いている。
「わあ……綺麗……っ」
「うん、綺麗だね。……でも、優愛の方が1000万倍綺麗だけど」
「またそういうこと言う……!」
お決まりのセリフに頬を染めていると、そーちゃんが私の正面に回り込み、行く手を遮るように両手をフェンスについた。
いわゆる、屋上での「フェンスドン」というやつだ。
夕日の逆光を浴びて、そーちゃんの綺麗なシルエットが私を包み込む。
近い。お昼休みよりも、もっと距離が近い。
そーちゃんの甘い柔軟剤の香りが、容赦なく私の鼻腔をくすぐる。
「あのさ、優愛。お昼休み、教室で『10時間くらいハグしたい』って言ったの、半分本気だったんだよ?」
「えっ……」
「だって、今日の優愛、お弁当箱新しくして嬉しそうだったし、髪型も可愛いし……。俺のこと見て『もう!』って怒る顔も愛おしすぎて、ずっと理性がハゲ散らかしそうになってたの」
理性がハゲ散らかすって何!? とツッコミたいけれど、そーちゃんの真剣な、だけど熱を帯びた瞳に見つめられて、声が出ない。
そーちゃんの手が、そっと私の頬に触れた。触れられた場所から、火がつきそうに熱くなる。
「周りの目があるから我慢したけど……ここには、俺と優愛の2人しかいない。だから……。お願い、優愛。10時間とは言わないから、10秒だけ、俺に充電させて?」
いつもは脳内自動変換でグイグイ来るそーちゃんが、こんな風に、ちょっとだけ切なそうに許可を求めてくるなんて反則だ。
……ずるい。そんなの、拒否できるわけないじゃん……!
心の中の限界オタクが「今すぐ抱きつきなさい!!」と大号泣しながら大暴れしている。
私は恥ずかしさで爆発しそうな心臓を必死に抑え、ブレザーの裾をぎゅっと握りしめながら、蚊の鳴くような声で呟いた。
「う、うん……。じゃあ、あと、10秒だけ……」
言った瞬間、世界が反転した。
「……っ、ありがと、ゆっちゃん……!」
次の瞬間、視界がそーちゃんのブレザーの紺色で埋め尽くされる。
強い力で、だけど壊れ物を扱うみたいに優しく、そーちゃんの大きな腕が私の体を抱きしめた。
そーちゃんの胸に顔が埋まる。
ドクドクと、信じられないくらい速い鼓動が、私の耳にダイレクトに伝わってきた。
え……? そーちゃん、心臓すっごく速い……。
いつも余裕そうに私を翻弄しているそーちゃんだけど、本当は、私と同じくらい緊張して、心臓をバクバクさせてくれているんだ。
それが伝わってきて、胸の奥がじんわりと甘い幸福感で満たされていく。
1秒、2秒、3秒……。
ゆっくりと流れる時間の中で、私はそっと、本当にそっと、自分の手をそーちゃんの背中に回してみた。
恥ずかしくて、服を少しつまむことしかできなかったけれど。
「っ……!!」
それだけで、そーちゃんの体がビクッと跳ねた。
そして、さらに腕の力が強くなる。
「優愛、今、自分から掴んでくれた……? やばい、嬉しすぎて本当に明日地球が滅亡するかもしれない。っていうか、可愛すぎて無理、離したくない。あと10万秒延長していい?」
「だめ! 10秒って言ったでしょぉ……!」
私の「ダメ」は、やっぱりそーちゃんの脳内で「もっと抱きしめて」に自動変換されたみたいで、結局私たちが屋上の扉を閉めたのは、それからずいぶん後のことだった。
幸せすぎて、明日が待ち遠しい。
帰り道、すっかり暗くなった夜道を、私たちは手を繋いで歩いていた。
私の家まであと少し、というところで、そーちゃんが名残惜しそうに私の手をぶんぶんと優しく振る。
「あーあ、もうすぐ優愛の家に着いちゃう。家ごと俺の部屋にワープしてくれないかなぁ」
「そんなSFみたいなこと起きないよ」
「じゃあ、明日も朝の7時に迎えにきていい? 1分1秒でも長く優愛の顔見てたいし」
「ふふ、いいよ。寝坊しないでね、そーちゃん」
「約束ね!」と、100点満点の笑顔で手を振って去っていくそーちゃんの背中を見送る。
家に入り、自分の部屋のベッドにダイブした瞬間──私の本日何度目かわからない「限界突破」が訪れた。
「うわあああああああああん!!! やっぱり今日もそーちゃんが格好良すぎて生きるのが辛いいいいいいい!!!!」
枕に顔を埋めて、足をバタバタと悶絶させる。
屋上でのハグ。
耳元で聞こえた、そーちゃんの速い心臓の音。
私の背中に回した手の感触。
全部がリフレインして、脳内が幸せなパニック状態だ。
「直接は恥ずかしくて言えないけど……。私も、そーちゃんが世界で一番、宇宙で一番大好きなんだからね……っ!」
スマホを手に取ると、すでにそーちゃんから『無事に家着いた? もう優愛に会いたくて禁断症状出てる』というメッセージが届いていた。
呆れ半分、だけど愛しさ無限大。
私はニヤニヤしてしまう口元を隠しもせず、明日もまた始まる「世界一平和で、世界一甘い日常」を楽しみにしながら、返信の文字を打ち始めるのだった。



