そーちゃんの溺愛が止まらない⁉ ~今日も世界一可愛い君へ、ご褒美ハグを10秒だけ。~

「キャーーーッ!! 見て、あの執事カフェの一ノ瀬くん、ヤバくない!?」
「本物の王子様じゃん……! 写真撮ってもらえないかな!?」
文化祭当日。
校舎内は、他校の生徒や保護者も交じって凄まじい熱気に包まれていた。
そして我がクラスの『執事&メイドカフェ』は、廊下まで長蛇の列ができるほどの大盛況。
その原因の9割は、入り口で完璧な微笑みを振りまきながら案内係をしている、タキシード姿のそーちゃんだった。
私はといえば、フリルのついたメイド服(女子の強い要望でクラシカルなロング丈だけど、それでも恥ずかしい!)に身を包み、トレイを持ってせっせとオムライスを運んでいた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
そーちゃんが低く甘い声でゲストを案内するたび、廊下から「クゥーッ!」と黄色い悲鳴が上がる。
いつもなら、心の中の限界オタクが「今日も推し(彼氏)の顔面が世界を救っている!!」と大号泣しながらサイリウムを振り回しているところだけど……。
……うぅ。やっぱり、ちょっとだけ寂しいなぁ……。
今日はお互いに仕事が忙しくて、朝から一言もまともに話せていない。
しかも、そーちゃんが他の女の子たちに囲まれて、笑顔でパンフレットを渡している姿を見るたびに、胸の奥がツンと切なくなる。
もちろん、それがお仕事だって分かっているし、そーちゃんの目が「早く優愛のところに行きたい……」と、完全に死んだ魚のようになっていることにも気づいてはいるのだけれど。
「あ、優愛ちゃん、ちょっと休憩入っていいよ! 一ノ瀬くんも次、シフト交代ね!」
文化祭実行委員の女子の声に、私はハッと我に返った。
ふぅ、とため息をつきながら、私は賑やかな中庭を避け、人気(ひとけ)のない旧校舎の階段裏へと足を向けた。ここは普段からあまり人が来ない、文化祭の穴場スポットだ。
「……メイド服、やっぱり恥ずかしいなぁ。そーちゃんに、変って思われてないかな……」
自分のスカートの裾をモジモジと弄りながら呟いた、その時。
タッタッタ、と静かな廊下に急な足音が響き、曲がり角から黒い人影が飛び出してきた。
「ゆっちゃん……っ! 見つけた、やっと2人きりになれた……!!」
「わっ、そーちゃん!?」
ゼェゼェと息を切らせたそーちゃんが、私の目の前に立っていた。
タキシードのネクタイを少し緩め、前髪が乱れている姿すら信じられないほど絵になる。
「ちょっと、そんなに急いでどうしたの? 休憩でしょ?」
「どうしたのじゃないよ! 俺、今日の優愛のメイド姿を見た瞬間から、ずっと理性が大気圏を突破して宇宙まで吹き飛んでたんだからね!? なにあの可愛さ、反則! 犯罪! 世界一似合ってる!! なのに仕事のせいでずっと話しかけられなくて、俺、リアルに禁断症状で消滅するかと思った……っ!!」
そーちゃんは限界を迎えた顔で一気にまくし立てると、私の前に一歩踏み出し、いつものようにきゅるんとしたワンコの瞳で私を見つめてきた。
「お願い優愛、今日一日頑張ったご褒美に、10秒……いや、10分だけ俺に充電させて? 他のやつらの対応で、俺のエネルギー完全にゼロだから……」
いつものように、ちょっと切なそうに甘えてくるそーちゃん。
普段の私なら、恥ずかしがって「ちょっとだけだよ?」って言うところ。
だけど……さっきまで、他の女の子に囲まれるそーちゃんを遠くから見ていて、寂しかった私の心が、不意に小さな勇気を生み出した。
……私だって、そーちゃんに、甘えたい。そーちゃんを独り占めしたいもん!
私は真っ赤になりながら、そーちゃんのブレザー(じゃなくて、タキシードのジャケット)の裾をぎゅっと両手で握りしめた。
そして、俯いたまま、そっと一歩を踏み出して──。
トスン、と、そーちゃんの胸の中に、自分から顔を埋めた。
「っ……えっ!?」
そーちゃんの体が、まるで雷に打たれたようにビクッと硬直するのが分かった。
「……ゆ、優愛……? 自分から、抱きついて、くれた……?」
「……うん。……そーちゃんが、他の女の子とお話ししてるの見てたら……ちょっと、寂しかったの。……だから、私も、充電させて……っ」
蚊の鳴くような声で、だけど私の人生史上最大の「直接の甘え」。
恥ずかしすぎて心臓がバックバクと暴れ狂い、今すぐ地面にめり込みたい気分だった。
次の瞬間。
「っっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!(声にならない大絶叫)」
ギューーーーーーーッ!!!!と、骨が折れそうなほどの強い力で、だけど私の体を慈しむように、そーちゃんの大きな腕が私を包み込んだ。
タキシードの少し硬い生地越しに、ドクドクドクドクと、信じられないほどの超高速で波打つそーちゃんの鼓動が、私の胸にダイレクトに伝わってくる。
「やばい、やばいやばいやばい!!! 優愛が自分からヤキモチ妬いて抱きついてくれた!!! 俺、いま本気で嬉しすぎて前世と現世と来世の全ての記憶が飛びかけた!!! もう文化祭なんかどうでもいい!! このまま優愛を抱っこして家に持って帰る!!!」
「持って帰らないでっ!! 苦しいよ、そーちゃん……っ(笑)」
呆れ半分、だけど愛しさ無限大。
抱きしめられた腕の中から見上げると、そーちゃんは耳まで真っ赤にしながら、この世の何よりも愛おしいものを見る目で、私を見つめていた。
「優愛。俺の王子様は、世界中で優愛だけのものだからね。誰にも渡さないし、俺も優愛以外、1ミリも興味ないから」
そう言って、そーちゃんは私の額に、そっと優しく自分の額をコツンとぶつけた。
カランコロンと、遠くで文化祭の賑やかな喧騒が聞こえる。
だけど、この薄暗い階段裏だけは、私たちだけの甘い特等席だった。
直接甘えられる日が、いつか来るのかな──なんて日記に書いていたけれど。
そーちゃんの大きな腕の中で、私は「もう、ちゃんと甘えられてるじゃん」と、胸の奥を温かい幸せでいっぱいに満たしていくのだった。