長い夏休みが明け、学校にはまた賑やかな日常が戻ってきた。
そして9月に入り、校内は一気に「文化祭モード」へと突入する。
私たちのクラスの出し物は、なんと『本格派・執事&メイドカフェ』。
しかも、クラスの女子たちの圧倒的な(そして恐ろしいほどの)熱量によって、衣装や内装にも一切妥協しないガチな企画になっていた。
「──よし、それじゃあ最後に、このカフェの看板となる『トップ執事(王子様役)』の投票結果を発表しまーす!」
文化祭実行委員の女子が黒板の前でそう言った瞬間、私の心臓は嫌な予感でドクンと跳ねた。
いや、予感じゃない。確信だ。このクラスに、あの男がいる限り結果は一つしかない。
「満場一致で、一ノ瀬颯太くんに決定ーーーっ!!」
パチパチパチパチ!!!と教室中に響き渡る黄色い大歓声。
当の本人はといえば、私の隣の席で「えぇ……俺、裏方のゴミ拾いとかが良かったんだけど……」と、幻の犬の耳をヘニャンと垂らしてあからさまにガッカリしている。
だけど、女子たちの勢いは止まらない。
「颯太くんがタキシード着て入り口に立つだけで、今年の最優秀賞はウチのクラスの確定だから!」
「頼むよ、国宝級イケメン!」と拝み倒されている。
そんな中、私の心の中の限界オタクは、すでに大変なことになっていた。
うわあああああああああん!!! やっぱりそうなっちゃうよね!! 知ってた!! 知ってたけど、そーちゃんのタキシード姿とかそんなの劇薬すぎて私が気絶しちゃう!!! っていうか、他クラスの女子とか他校の女の子にそんな格好いいそーちゃん見られたら、私、尊さとヤキモチでその場に霧散して消えちゃうかもしれないんだけどおおお!!!
机に頭をごちごちと押し付けたい衝動を必死に抑え、ブレザーの裾をぎゅっと握りしめる。
すると、周りの目を盗んで、そーちゃんが机の下で私の手をそっと握ってきた。
「優愛、大丈夫? 俺、本当はやりたくないんだけど……もし優愛が『他の女に見せたくない』って言ってくれたら、俺、今すぐ仮病使って文化祭当日まで保健室に引きこもるよ?」
「極端すぎるよ、そーちゃん!!(笑) みんな楽しみにしてるんだから、ちゃんとやって。……私も、その、そーちゃんのタキシード、ちょっと見たい、し……」
最後の方は蚊の鳴くような声になってしまったけれど、私の本音だ。
それを聞いた瞬間、そーちゃんの瞳がカッと見開かれ、握る手にギューーーッと力がこもった。
「っ……!! 優愛が見たいなら話は別!!! 俺、世界一の王子様になってみせる!!! 最高の接客(※優愛限定)をするからね!!!」
さっきまでのガッカリ具合はどこへやら、そーちゃんの脳内自動変換エンジンが『優愛のために世界を救う』レベルにまで急速に拡大していくのを、私は苦笑いしながら見守るしかなかった。
そして迎えた、文化祭前日の放課後。
準備も大詰めを迎え、教室では衣装の最終サイズチェックが行われていた。
「一ノ瀬くん、衣装届いたからちょっと後ろの更衣室で着替えてみて!」
「はーい」
数分後。
ガラリと更衣室のカーテンが開いた瞬間、教室中の空気が、ピシッと凍りついた。
そこにいたのは、シックな黒のタキシードに身を包み、髪を少し大人っぽくセットしたそーちゃんだった。
抜群のスタイル、長い足、そして夕日に照らされた彫刻のような横顔。
少女漫画の王子様? いいえ、それを遥かに超越した「本物の貴族」がそこに立っていた。
「……っっっ!!!!(全女子の心の悲鳴)」
教室中の女子たちが言葉を失い、あまりの尊さに拝み始める中、私の限界メーターは完全に振り切れた。
無理無理無理無理死んじゃううううう!!! 格好良すぎて時空が歪んでる!!! なにあのタキシード、あんなの反則でしょ!!! 少女漫画から飛び出してきたっていうか、むしろ少女漫画のほうがそーちゃんに寄せて描いてるレベルじゃん!!!
心臓がバックバクと波打ち、顔が火傷しそうに熱くなる。
あまりの破壊力に耐えかねて、私は自分のバッグを掴むと、誰にも気づかれないように教室をそっと飛び出した。
向かう先は、もちろんいつもの「校舎裏の渡り廊下」だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!! 危なかった、あのまま教室にいたら、格好良すぎて本当に心臓が止まって救急車で運ばれるところだった……っ!」
冷たい窓ガラスに額を押し付け、深呼吸を繰り返す。吸って、吐いて。
よし、顔の赤み、少しは引いたよね……?
そう思って振り返った、その瞬間だった。
「──見ーつけた。やっぱりここにいた」
「ひゃいっ!?」
そこには、さっきのタキシード姿のまま、私を追いかけて走ってきたそーちゃんが立っていた。
少し息を切らせて、だけど私を見つけた瞬間、あの100点満点のワンコ笑顔を咲かせる。
「ちょっと、そーちゃん!? なんでその格好のままここに来るの!? 誰かに見られたら……っ」
「だって、優愛が急に教室出ていっちゃうから、俺、優愛に嫌われるようなことしたかと思って心臓が千切れそうだったんだもん」
そーちゃんは一歩、また一歩と私に近づいてくる。
タキシードのせいで、いつもよりずっと大人っぽくて男らしいオーラがすごくて、私は一歩も動けない。
気がつくと、そーちゃんは私の正面に回り込み、行く手を遮るように両手を窓ガラスについた。
窓ドンだ。
「あのさ、優愛。さっき、クラスの女子たちが『格好いい』って言ってくれた時、俺、全然嬉しくなかった。俺が『格好いい』って言ってほしいのは、世界中で優愛だけなんだよ?」
夕日の逆光を浴びたそーちゃんの綺麗なシルエットが私を包み込む。
近い。そーちゃんの甘いシトラスの香りと、仕立ての良いスーツの匂いが混ざり合って、脳内がクラクラする。
「ねえ、優愛。俺のこの姿、どうかな……? 変、じゃない?」
ずるい。
こんな完璧な姿をしておいて、私に向かってだけ、ちょっと不安そうな顔で感想を求めてくるなんて。
私は恥ずかしさで爆発しそうな心臓を必死に抑え、そーちゃんのタキシードのラペル(襟)をぎゅっと握りしめながら、精一杯の声で呟いた。
「……へ、変じゃない、よ。……格好良すぎて、直視できないくらい、格好いい、よ……そーちゃん」
言った瞬間、世界が反転した。
「……っ、ゆっちゃん……!!」
次の瞬間、強い力で、だけど壊れ物を扱うみたいに優しく、そーちゃんの大きな腕が私の体を抱きしめた。
タキシードの少し硬い生地越しに、ドクドクと信じられないくらい速いそーちゃんの鼓動が、私の胸にダイレクトに伝わってくる。
「やばい、嬉しすぎて本当に明日地球が滅亡するかもしれない。っていうか、可愛すぎて無理、離したくない。明日の文化祭、俺、入り口じゃなくて、ずっと優愛の後ろに隠れて接客していい?」
「ダメに決まってるでしょぉ……っ! ちゃんと王子様やってきて!」
私の「ダメ」は、やっぱりそーちゃんの脳内で「もっと強く抱きしめて」に自動変換されたみたいで、結局私たちが夕暮れの廊下を離れたのは、それからずいぶん後のことだった。
いよいよ明日は文化祭当日。
世界一格好いい私の王子様が、校内中の視線を独占する、激甘な一日が始まろうとしていた──。
そして9月に入り、校内は一気に「文化祭モード」へと突入する。
私たちのクラスの出し物は、なんと『本格派・執事&メイドカフェ』。
しかも、クラスの女子たちの圧倒的な(そして恐ろしいほどの)熱量によって、衣装や内装にも一切妥協しないガチな企画になっていた。
「──よし、それじゃあ最後に、このカフェの看板となる『トップ執事(王子様役)』の投票結果を発表しまーす!」
文化祭実行委員の女子が黒板の前でそう言った瞬間、私の心臓は嫌な予感でドクンと跳ねた。
いや、予感じゃない。確信だ。このクラスに、あの男がいる限り結果は一つしかない。
「満場一致で、一ノ瀬颯太くんに決定ーーーっ!!」
パチパチパチパチ!!!と教室中に響き渡る黄色い大歓声。
当の本人はといえば、私の隣の席で「えぇ……俺、裏方のゴミ拾いとかが良かったんだけど……」と、幻の犬の耳をヘニャンと垂らしてあからさまにガッカリしている。
だけど、女子たちの勢いは止まらない。
「颯太くんがタキシード着て入り口に立つだけで、今年の最優秀賞はウチのクラスの確定だから!」
「頼むよ、国宝級イケメン!」と拝み倒されている。
そんな中、私の心の中の限界オタクは、すでに大変なことになっていた。
うわあああああああああん!!! やっぱりそうなっちゃうよね!! 知ってた!! 知ってたけど、そーちゃんのタキシード姿とかそんなの劇薬すぎて私が気絶しちゃう!!! っていうか、他クラスの女子とか他校の女の子にそんな格好いいそーちゃん見られたら、私、尊さとヤキモチでその場に霧散して消えちゃうかもしれないんだけどおおお!!!
机に頭をごちごちと押し付けたい衝動を必死に抑え、ブレザーの裾をぎゅっと握りしめる。
すると、周りの目を盗んで、そーちゃんが机の下で私の手をそっと握ってきた。
「優愛、大丈夫? 俺、本当はやりたくないんだけど……もし優愛が『他の女に見せたくない』って言ってくれたら、俺、今すぐ仮病使って文化祭当日まで保健室に引きこもるよ?」
「極端すぎるよ、そーちゃん!!(笑) みんな楽しみにしてるんだから、ちゃんとやって。……私も、その、そーちゃんのタキシード、ちょっと見たい、し……」
最後の方は蚊の鳴くような声になってしまったけれど、私の本音だ。
それを聞いた瞬間、そーちゃんの瞳がカッと見開かれ、握る手にギューーーッと力がこもった。
「っ……!! 優愛が見たいなら話は別!!! 俺、世界一の王子様になってみせる!!! 最高の接客(※優愛限定)をするからね!!!」
さっきまでのガッカリ具合はどこへやら、そーちゃんの脳内自動変換エンジンが『優愛のために世界を救う』レベルにまで急速に拡大していくのを、私は苦笑いしながら見守るしかなかった。
そして迎えた、文化祭前日の放課後。
準備も大詰めを迎え、教室では衣装の最終サイズチェックが行われていた。
「一ノ瀬くん、衣装届いたからちょっと後ろの更衣室で着替えてみて!」
「はーい」
数分後。
ガラリと更衣室のカーテンが開いた瞬間、教室中の空気が、ピシッと凍りついた。
そこにいたのは、シックな黒のタキシードに身を包み、髪を少し大人っぽくセットしたそーちゃんだった。
抜群のスタイル、長い足、そして夕日に照らされた彫刻のような横顔。
少女漫画の王子様? いいえ、それを遥かに超越した「本物の貴族」がそこに立っていた。
「……っっっ!!!!(全女子の心の悲鳴)」
教室中の女子たちが言葉を失い、あまりの尊さに拝み始める中、私の限界メーターは完全に振り切れた。
無理無理無理無理死んじゃううううう!!! 格好良すぎて時空が歪んでる!!! なにあのタキシード、あんなの反則でしょ!!! 少女漫画から飛び出してきたっていうか、むしろ少女漫画のほうがそーちゃんに寄せて描いてるレベルじゃん!!!
心臓がバックバクと波打ち、顔が火傷しそうに熱くなる。
あまりの破壊力に耐えかねて、私は自分のバッグを掴むと、誰にも気づかれないように教室をそっと飛び出した。
向かう先は、もちろんいつもの「校舎裏の渡り廊下」だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!! 危なかった、あのまま教室にいたら、格好良すぎて本当に心臓が止まって救急車で運ばれるところだった……っ!」
冷たい窓ガラスに額を押し付け、深呼吸を繰り返す。吸って、吐いて。
よし、顔の赤み、少しは引いたよね……?
そう思って振り返った、その瞬間だった。
「──見ーつけた。やっぱりここにいた」
「ひゃいっ!?」
そこには、さっきのタキシード姿のまま、私を追いかけて走ってきたそーちゃんが立っていた。
少し息を切らせて、だけど私を見つけた瞬間、あの100点満点のワンコ笑顔を咲かせる。
「ちょっと、そーちゃん!? なんでその格好のままここに来るの!? 誰かに見られたら……っ」
「だって、優愛が急に教室出ていっちゃうから、俺、優愛に嫌われるようなことしたかと思って心臓が千切れそうだったんだもん」
そーちゃんは一歩、また一歩と私に近づいてくる。
タキシードのせいで、いつもよりずっと大人っぽくて男らしいオーラがすごくて、私は一歩も動けない。
気がつくと、そーちゃんは私の正面に回り込み、行く手を遮るように両手を窓ガラスについた。
窓ドンだ。
「あのさ、優愛。さっき、クラスの女子たちが『格好いい』って言ってくれた時、俺、全然嬉しくなかった。俺が『格好いい』って言ってほしいのは、世界中で優愛だけなんだよ?」
夕日の逆光を浴びたそーちゃんの綺麗なシルエットが私を包み込む。
近い。そーちゃんの甘いシトラスの香りと、仕立ての良いスーツの匂いが混ざり合って、脳内がクラクラする。
「ねえ、優愛。俺のこの姿、どうかな……? 変、じゃない?」
ずるい。
こんな完璧な姿をしておいて、私に向かってだけ、ちょっと不安そうな顔で感想を求めてくるなんて。
私は恥ずかしさで爆発しそうな心臓を必死に抑え、そーちゃんのタキシードのラペル(襟)をぎゅっと握りしめながら、精一杯の声で呟いた。
「……へ、変じゃない、よ。……格好良すぎて、直視できないくらい、格好いい、よ……そーちゃん」
言った瞬間、世界が反転した。
「……っ、ゆっちゃん……!!」
次の瞬間、強い力で、だけど壊れ物を扱うみたいに優しく、そーちゃんの大きな腕が私の体を抱きしめた。
タキシードの少し硬い生地越しに、ドクドクと信じられないくらい速いそーちゃんの鼓動が、私の胸にダイレクトに伝わってくる。
「やばい、嬉しすぎて本当に明日地球が滅亡するかもしれない。っていうか、可愛すぎて無理、離したくない。明日の文化祭、俺、入り口じゃなくて、ずっと優愛の後ろに隠れて接客していい?」
「ダメに決まってるでしょぉ……っ! ちゃんと王子様やってきて!」
私の「ダメ」は、やっぱりそーちゃんの脳内で「もっと強く抱きしめて」に自動変換されたみたいで、結局私たちが夕暮れの廊下を離れたのは、それからずいぶん後のことだった。
いよいよ明日は文化祭当日。
世界一格好いい私の王子様が、校内中の視線を独占する、激甘な一日が始まろうとしていた──。



