5月の初々しいお部屋デートから季節は巡り、季節は7月の終わり。
学校は待ちに待った夏休みに突入していた。
「……よし、帯も変じゃない、よね?」
姿見の前で、私は何度も浴衣の合わせをチェックしていた。
今日は、そーちゃんと地元の花火大会に行く日。
いつもと違う自分を見せるのが恥ずかしくて、だけど「可愛い」って言ってほしくて、何日も前から選んだ紺地に白の朝顔が描かれた浴衣。
髪も少しアップにして、うなじが見えるように整えてある。
約束の時間の5分前。
ピーンポーン、とインターホンが鳴る。
深呼吸をしてドアを開けると、そこには、黒のしじら織りの甚平(じんべい)を粋に着こなしたそーちゃんが立っていた。
いつもより少し大人っぽくて、心臓が跳ねる。
「あ、そーちゃん、おはよ……じゃなくて、こんばんは」
「………………」
あ、まただ。そーちゃんが完全に石化している。
3秒ほどの静寂の後、そーちゃんはフラフラと壁に手をつき、天を仰いだ。
「神様仏様優愛様……。俺は前世でどんな徳を積んだら、こんな現世の奇跡みたいな浴衣天使を隣に歩かせる権利を貰えるんですか……? うなじ、うなじが国宝。今すぐ全人類の目を隠す目隠しを開発したい……!」
「もう、相変わらず大げさだなぁ! ……でも、その、甚平、すっごく似合ってるよ、そーちゃん」
恥ずかしさを隠すように下を向くと、そーちゃんは「っ……!」と胸を押さえて悶絶し、それから私の手を、壊れ物を扱うように優しく、だけど絶対に離さないぞという強さで握りしめた。
「行こう、ゆっちゃん。俺、今日一歩も優愛のそばから離れないからね」
花火大会の会場は、すれ違うのも一苦労なほどのものすごい人混みだった。
「優愛、はぐれないようにね」
そーちゃんはそう言って、私を人混みから守るように、さりげなく車道側を歩いてくれたり、肩を抱き寄せるようにしてリードしてくれる。
出店の明かりに照らされたそーちゃんの横顔が本当に格好良くて、周りの女の子たちが「あの人、超イケメンじゃない?」とヒソヒソ話しているのが聞こえてくる。
ふふん、そーちゃんは私の彼氏なんだからね! と、心の中の限界オタクがドヤ顔で威張っていた、その時だった。
「あ、あの! すみません!」
不意に、少し年下っぽい2人組の女の子たちが、モジモジしながらそーちゃんに話しかけてきた。
「あの、もし良かったら、一緒に写真撮ってもらえませんか……? あと、連絡先とか……」
ナンパ……、だった。
そーちゃんがモテるのは知っている。
彼女の私が隣にいるのに、浴衣のせいで少し離れて見えたのか、あるいはただの友達に見えたのか……。
その瞬間、私の胸の奥が、ちくっと痛んだ。
いつもは「そーちゃん格好いい!」って脳内大爆発してるだけなのに、他の女の子がそーちゃんに笑顔を向けているのを見た瞬間、言葉にできないモヤモヤが広がっていく。
あ、私、今すごく……嫉妬してる。
私が繋いでいた手の力を少し緩めようとした、その瞬間。
「あ、ごめんなさい。俺、世界で一番大好きな彼女とデート中なんで、他の女の子と写真撮ったり連絡先教えたりするスペース、脳内にも人生にも1ミリも残ってないんです。すみません」
そーちゃんは1ミリの迷いもなく、100点満点の営業スマイル(だけど目は一切笑っていない)でバッサリと断った。
女の子たちは「あ、すみません……っ!」と赤くなって退散していく。
「ふぅ。びっくりしたね、優愛。……優愛?」
そーちゃんが覗き込んできたけれど、私はなんだか急に恥ずかしくて、ツンとそっぽを向いてしまった。
「……そーちゃん、やっぱりモテモテだね」
「え? いや、俺には優愛しか見えてないよ?」
「……知ってるけど。でも、なんか……他の女の子がそーちゃんのこと格好いいって言ってるの、ちょっと、嫌だった……」
言っちゃった。
直接こんなわがまま、絶対に言わないって決めてたのに。
めんどくさい彼女って思われたらどうしよう……!
私がパニックになって手を離そうとすると、そーちゃんはそれを許さず、逆にグッと自分の胸元に引き寄せた。
人混みの影、大きな木の下。
「優愛、今……嫉妬してくれたの?」
そーちゃんの声が、嬉しさで震えている。
「う、うるさいなぁ……っ。そうだよ、悪い!? 私だって、そーちゃんを独り占めしたい時くらいあるんだもん……っ」
顔を真っ赤にしてブレザー(今日は甚平だけど)の裾をぎゅっと握りしめると、そーちゃんは「っ〜〜〜〜!!!」と声にならない絶叫をあげ、私を両腕でぎゅうううううっと抱きしめた。
「やばい、嬉しすぎて心臓が宇宙まで飛んでいきそう……!! 優愛が俺にヤキモチ妬いてくれるなんて、ご褒美以外の何物でもないんだけど!? ねぇ、もう一回言って? 俺、優愛のものだよ? 1000%優愛の独占物だからね!?」
「もう、声が大きいってばぁ……っ!」
抱きしめられた胸の中で、そーちゃんのトクトクと速い心臓の音が聞こえる。
さっきのモヤモヤなんて、そーちゃんの特大の愛の言葉で一瞬で溶けて消えてしまった。
ドーーーーン……っ!!!
その時、夜空に大きな一発目の花火が打ち上がった。
大輪の光が、私たちの顔を赤や青に染め上げる。
「綺麗だね、そーちゃん」
「うん。でも、俺にとっては、ヤキモチ妬いてる優愛の顔の方が、花火の1億倍綺麗だよ」
「またそういうこと言う!」
私たちはしっかりとお互いの指を絡ませ直して、夜空に広がる光を、世界で一番近い特等席で見上げたのだった。
学校は待ちに待った夏休みに突入していた。
「……よし、帯も変じゃない、よね?」
姿見の前で、私は何度も浴衣の合わせをチェックしていた。
今日は、そーちゃんと地元の花火大会に行く日。
いつもと違う自分を見せるのが恥ずかしくて、だけど「可愛い」って言ってほしくて、何日も前から選んだ紺地に白の朝顔が描かれた浴衣。
髪も少しアップにして、うなじが見えるように整えてある。
約束の時間の5分前。
ピーンポーン、とインターホンが鳴る。
深呼吸をしてドアを開けると、そこには、黒のしじら織りの甚平(じんべい)を粋に着こなしたそーちゃんが立っていた。
いつもより少し大人っぽくて、心臓が跳ねる。
「あ、そーちゃん、おはよ……じゃなくて、こんばんは」
「………………」
あ、まただ。そーちゃんが完全に石化している。
3秒ほどの静寂の後、そーちゃんはフラフラと壁に手をつき、天を仰いだ。
「神様仏様優愛様……。俺は前世でどんな徳を積んだら、こんな現世の奇跡みたいな浴衣天使を隣に歩かせる権利を貰えるんですか……? うなじ、うなじが国宝。今すぐ全人類の目を隠す目隠しを開発したい……!」
「もう、相変わらず大げさだなぁ! ……でも、その、甚平、すっごく似合ってるよ、そーちゃん」
恥ずかしさを隠すように下を向くと、そーちゃんは「っ……!」と胸を押さえて悶絶し、それから私の手を、壊れ物を扱うように優しく、だけど絶対に離さないぞという強さで握りしめた。
「行こう、ゆっちゃん。俺、今日一歩も優愛のそばから離れないからね」
花火大会の会場は、すれ違うのも一苦労なほどのものすごい人混みだった。
「優愛、はぐれないようにね」
そーちゃんはそう言って、私を人混みから守るように、さりげなく車道側を歩いてくれたり、肩を抱き寄せるようにしてリードしてくれる。
出店の明かりに照らされたそーちゃんの横顔が本当に格好良くて、周りの女の子たちが「あの人、超イケメンじゃない?」とヒソヒソ話しているのが聞こえてくる。
ふふん、そーちゃんは私の彼氏なんだからね! と、心の中の限界オタクがドヤ顔で威張っていた、その時だった。
「あ、あの! すみません!」
不意に、少し年下っぽい2人組の女の子たちが、モジモジしながらそーちゃんに話しかけてきた。
「あの、もし良かったら、一緒に写真撮ってもらえませんか……? あと、連絡先とか……」
ナンパ……、だった。
そーちゃんがモテるのは知っている。
彼女の私が隣にいるのに、浴衣のせいで少し離れて見えたのか、あるいはただの友達に見えたのか……。
その瞬間、私の胸の奥が、ちくっと痛んだ。
いつもは「そーちゃん格好いい!」って脳内大爆発してるだけなのに、他の女の子がそーちゃんに笑顔を向けているのを見た瞬間、言葉にできないモヤモヤが広がっていく。
あ、私、今すごく……嫉妬してる。
私が繋いでいた手の力を少し緩めようとした、その瞬間。
「あ、ごめんなさい。俺、世界で一番大好きな彼女とデート中なんで、他の女の子と写真撮ったり連絡先教えたりするスペース、脳内にも人生にも1ミリも残ってないんです。すみません」
そーちゃんは1ミリの迷いもなく、100点満点の営業スマイル(だけど目は一切笑っていない)でバッサリと断った。
女の子たちは「あ、すみません……っ!」と赤くなって退散していく。
「ふぅ。びっくりしたね、優愛。……優愛?」
そーちゃんが覗き込んできたけれど、私はなんだか急に恥ずかしくて、ツンとそっぽを向いてしまった。
「……そーちゃん、やっぱりモテモテだね」
「え? いや、俺には優愛しか見えてないよ?」
「……知ってるけど。でも、なんか……他の女の子がそーちゃんのこと格好いいって言ってるの、ちょっと、嫌だった……」
言っちゃった。
直接こんなわがまま、絶対に言わないって決めてたのに。
めんどくさい彼女って思われたらどうしよう……!
私がパニックになって手を離そうとすると、そーちゃんはそれを許さず、逆にグッと自分の胸元に引き寄せた。
人混みの影、大きな木の下。
「優愛、今……嫉妬してくれたの?」
そーちゃんの声が、嬉しさで震えている。
「う、うるさいなぁ……っ。そうだよ、悪い!? 私だって、そーちゃんを独り占めしたい時くらいあるんだもん……っ」
顔を真っ赤にしてブレザー(今日は甚平だけど)の裾をぎゅっと握りしめると、そーちゃんは「っ〜〜〜〜!!!」と声にならない絶叫をあげ、私を両腕でぎゅうううううっと抱きしめた。
「やばい、嬉しすぎて心臓が宇宙まで飛んでいきそう……!! 優愛が俺にヤキモチ妬いてくれるなんて、ご褒美以外の何物でもないんだけど!? ねぇ、もう一回言って? 俺、優愛のものだよ? 1000%優愛の独占物だからね!?」
「もう、声が大きいってばぁ……っ!」
抱きしめられた胸の中で、そーちゃんのトクトクと速い心臓の音が聞こえる。
さっきのモヤモヤなんて、そーちゃんの特大の愛の言葉で一瞬で溶けて消えてしまった。
ドーーーーン……っ!!!
その時、夜空に大きな一発目の花火が打ち上がった。
大輪の光が、私たちの顔を赤や青に染め上げる。
「綺麗だね、そーちゃん」
「うん。でも、俺にとっては、ヤキモチ妬いてる優愛の顔の方が、花火の1億倍綺麗だよ」
「またそういうこと言う!」
私たちはしっかりとお互いの指を絡ませ直して、夜空に広がる光を、世界で一番近い特等席で見上げたのだった。



