『恋愛ってなんですか?』

 二学期期末テスト最終日を無事終え、クラスの中は安堵と開放感でざわざわと賑やかだった。

「よーし、今日はこれで終わりだ。お前ら、テスト終わったからって調子乗って遊びまくるなよ」
 望月先生はそのまま教室を出ていく。

「遥、一緒に帰ろう」
「千雅」

 千雅はいつも通り、優しく微笑んでいる。
 私は、これから千雅に伝えることを考えて、心が落ち着かない。

「……遥、どうしたの?」
「ううん、大丈夫。帰ろっか」
「うん。……。」

 荷物をまとめた鞄を肩にかけて昇降口へと向かう。
 自然と口数が減って、空気が少し重くなる。

 帰り道、いつもは楽しく話しながら帰っていたのに、話すことを考えて自然と言葉に詰まってしまう。どうしよう、なんて言ったら。

「……遥?」

 いつもと様子が違うことに気づいたのか、千雅が心配そうに私の顔を覗いている。
 ……だめだ、ちゃんと言わなくちゃ。

「千雅。話がしたいの。」
 これ以上、逃げることはできない。

「……遥が嫌じゃなければ、僕の家でどうかな。親も仕事でいないから」
「え、でもそれは……」
「何もしないよ。約束する。」

 千雅が何かすると思ったわけではないけれど、本当にいいんだろうか。
 でも、外で話すよりはいいのかもしれない。

「うん。……いいよ。」
「じゃあ、行こう。」

 マンションに着くとエントランスを抜けてホール、エレベーターへと進む。
 千雅の家は三階、二人で廊下を歩く。
 私の家と同じ玄関扉を開けると、中はリフォームされている。
 さすがデザイン事務所のご両親。内装はとてもおしゃれで綺麗だった。

「わぁ……!うちの家と間取りはほとんど一緒なのにおしゃれ!」
「親がそういうこだわり強いからね」
 千雅は靴を脱ぐ。
「こっちが俺の部屋。どうぞ」

 玄関から入って左側にあった千雅の部屋を覗く。
 白い壁の明るい部屋。奥にはベッドがあり、シーツも整えられている。
 扉の横には小さなクローゼットと棚。
 壁側にはデスクとチェア、ベッドの前には丸いラグと小さなテーブルが置かれている。
 無駄なものが無く、整頓されていてモデルルームのようだった。

「綺麗っ!」
「散らかってるのは落ち着かなくて。ちょっと飲み物とか用意してくるから、好きに座って」
 千雅の部屋で一人きり。
 私はラグの上に座り、テーブルの前で千雅を待つ。
 ……また緊張してきた。どうしよう。深呼吸……。

 5分ほど経った頃、マグカップを二つトレーに乗せて千雅は戻ってきた。

「紅茶なんだけど、よかったかな?」
「うん、紅茶好き。ありがとう」
 千雅はテーブルの上にマグカップを置くと私の横に座る。
 緊張でマグカップを見つめてしまう。
 
「……っ。」

 言葉が出ない、何て話そう。どうやって伝えよう。
 考えていたことまで緊張で飛んでしまった。

「遥。……答えが出たの?」
 その言葉に顔を上げて千雅を見る。
 千雅は悲しそうな顔で私を見つめている。

「っ……なんでわかるの。」
「わかるよ、遥のことだから」

 その言葉が私の胸をグッと締め付ける。
 泣くな、辛いのは私じゃない。

 逃げちゃだめだ。

 私は小さく息を吸った。

「……千雅」

「うん」

「ごめん。」

「……。」

「私、千雅とは……付き合えない」
 
 千雅は目をそらし、ゆっくりと瞬きをして小さく息と一緒に声を出す。
「……それはもう、僕が何をしても変わらない?」

「うん……。」
 
「……そっか。」

 沈黙が苦しい。
 千雅は私に顔を見せないように俯いたまま。

「千雅、私」
「朔のこと、好きなんだよね?」
 千雅の瞳が優しく私を見る。
「……っ。」
 千雅は顔を上げて苦しそうに笑った。
「ははっ……うん、そっか。」

 顔を両掌で押さえ、顔を軽く拭うと姿勢を正し、千雅は言う。

「わかったよ遥。でも、遥が朔を好きだとしても、僕は遥が好きなんだ。だから……これからも好きでいることは許して欲しい」

 無理やり笑う姿に、胸が締め上げられる。
 私の選択が千雅を傷つけた。

「……うん。もちろんだよ」
 それしか言えなかった。

 千雅はスマホを覗き、通知を見て「そろそろ親が帰ってくるかもしれない」と慌て出す。

「え!あ……じゃあ私、帰るね」
 私は鞄を持って玄関へと向かう。

「千雅、……ありがとう。」
「こちらこそ。ありがとう、遥。」
「じゃあまた、学校でね」
「学校で」

 私は千雅の家を出た。

 ————————————

 ——……
 
 扉を閉め、遥が離れていくのを確認する。
 そのまま扉に背を向け、僕は倒れるように玄関に座り込んだ。
 『今日は帰れない』と通知表示されたスマホがポケットから滑り落ちる。

 本当は少し前から、遥の様子に気がついていたんだ。
 でも気付いていないふりをした、気付きたくなかったから。
 帰り道で遥に話があると言われた時、何を言われるかわかったんだ。

 聞きたくなかった。
 でも遥を悩ませた僕が、一生懸命に遥が悩んで出した答えを聞かないわけにいかなかった。

 
 ——「千雅、ごめん」

 堪えろ。今じゃない、泣くな。
 何度も何度も何度も、自分に言い聞かせた。
 
 そうしないと、僕は遥を抱きしめてしまうから。
 
 
 僕は 遥の恋人にはなれなかった。

 
「う゛っ……く……う゛……」

 堪えていた涙が行き場を失い溢れ出す。

 ずっと、遥だけを見ていた。
 引越しで離れ離れになった時も、どうしたらまた会えるようになるか考えて。ずっとお願いしてなんとかスマホも買ってもらって。遥の引越し先へ会いに行こうとしたけれど、僕も引っ越すことになっていけないまま。
 
 だから、高校で会ったときは運命だと思ったんだ。
 
 人の為に、家族の為に。誰かの為に一生懸命頑張れる君はかっこよくて優しくて。
 そんな遥が大好きなんだ。
 
 自分のことより人のことを優先してしまう君だったから。

 僕は、遥に一番幸せでいて欲しい。
 でも本当は、許されるなら。
 
「僕がキミを……幸せにしてあげたかったなぁ……。」

 大好きだ遥。
 本当に大好きだったんだ。

 僕は、声を抑えることができず、そのまま泣き崩れる。
 消えることのない恋心を握りしめるように拳を握る。

 家でよかったと心の底から思う。