『恋愛ってなんですか?』

 青空にうっすらと薄い雲が流れ、空気も澄んでいる。
 気持ちのいい風に心が安らぎ、癒される土曜日。

 葵、拓真、由乃、千雅の四人は駅構内にある時計を遠くから監視していた。

 「……僕みんなで遊ぶって聞いたから来たんだけど。……何してるの?」
 「見ての通り、観察してるの」

 帽子を被って柱の影に隠れながら時計を見る三人の姿は完全に不審者。

 「えっと……葵ちゃん?全然見てもわからないんだけど……ちょっとした不審者だよ?」
 千雅は来たことを後悔していた。
 
 遥も見当たらず、朔もいない。いきなり前日に連絡が来て誘われたので、何をする予定なのかも知らない。待ち合わせ場所にいたのは不審者姿の同級生三人組。

 「どうやら朔くんがはるちゃんをデートに誘ったらしいのぉ」
 「朔にも聞いたから情報はあってるはず!」
 「ということで二人のデートをうちらで観察……見守ろうかなって!」

 「……。」
 好奇心を抑えられずに来たのが丸わかりな三人に引く千雅。
 でも、朔が遥を誘ったことは知らなかった。

 文化祭以降、様子がおかしそうな遥を見ていたから何かあったかとは思ったけれど。
 嬉しくない状況に感情が止まる。頭の中は妙に冷静になる。

 「千雅ちゃんは呼ぶか悩んだの。はるちゃんのこと好きだから。でも、ここはフェアに知っておくべきかなって!」
 「俺にはこれがフェアって呼べるのかはわからないけどな!」
 「とりあえず呼んでみたってわけ!」

 ノリの軽い三人。……この人達は応援したいのか茶化したいのか。千雅はよくわからなくなる。
 見なくても自分の顔が引き攣っているのが分かった。
 面白くない。見たくない。現実を否定したい気持ちと行く末を見たい気持ちで揺れた。
 
 ……せっかく来たから。
 千雅は自分に言い訳をしながら不審者三人組と若干の距離をとり、視線の先を見つめた。
 「で?もう遥が来るの?」

 絶対、その場の雰囲気の為だけに買われたであろうミニパック牛乳。
 それを飲みながら時計塔を見守る三人を横目で見つめる千雅。
 遥の友達って個性的だよな……と三人のせいで遥にまで被害が及んでいた。
 
 由乃はスマホの時計を見る。
 「10時待ち合わせって言ってたからもうすぐだと思うんだけどなぁ」
 千雅は不思議だった。遥の性格なら、予定とか時間とか隠しそうなのに。
 「遥、よく今日のこと話したね?」
 「だってぇ私たちが今日着る服を一緒に選んであげたんだもん」
 「今日の遥は絶対可愛いぞ〜」

 由乃と葵は楽しそうにきゃっきゃと手を合わせる。

 千雅は『余計な真似を……』と思いながら、自分用に置かれた牛乳を吸った。
 そんな様子に気づいてか、拓真がそっと千雅に話しかける。

 「まぁ……千雅からしたら面白くないよな。でもあの二人は、はるちゃんを想って行動しただけなんだ。悪いな」
 千雅のことを気遣い、申し訳ないと優しい言葉で話す拓真。

 「今回、デートに誘ったのが千雅だったとしても、俺たちは同じ事をしたと思うよ」
 「……まぁ。そんな気がするよ。」

 この人たちは別に朔と遥をくっつけたい訳でも、僕と遥をくっつけたい訳でもない。
 そんなことは千雅もとっくに気付いていた。

 ただ、見守る。
 どんな状況でも各々を応援する。

 そういう人達だ。

 千雅は不貞腐れたまま、「別に、葵ちゃんや由乃ちゃんには何も思ってないよ」と弁解する。

 「ただ、可愛い遥を目の前で見るのが僕じゃない。それがムカつくだけ。」

 千雅の素直な感情に拓真は胸を打たれた。
 ここまで真っ直ぐはっきりと言葉にできるやつはなかなかいない。
 拓真の口元が自然に上がる。

 「千雅って素直でいいやつだよな〜。はるちゃんのこと好きすぎて一歩間違えたら病みそうで怖いけど」
 「それ、褒めてないでしょ」
 「ほめてるほめてる」

 それを言うなら拓真だって と千雅はいいかけてやめる。自分より拓真が大人のように感じて。
 少しムカついたので言葉を喉の奥に戻した。

 ——……

 約束の時間。時計塔を見つめていると、先に朔が現れる。

 深い緑のスウェットの裾から。白いシャツがのぞくその姿はモデルの様で。
 黒のワイドパンツが歩くたびに揺れて、高身長の朔によく似合っていた。

 「めっちゃオシャレ」
 「あれはかっこいいねぇ」
 「朔がかっこいいのはわかってたけど、遠くから見てもこんなにかっこいいなんてっ……たくちゃんショック」
 「……それでショック受けるのよくわからないけど」

 バレない様に、影からそっと四人で覗く。
 朔はスマホをチラッと見るがまたすぐに周りに目を向けた。

 
 遥を待っているのだろう。
 状況の変化を見守っていると、朔が誰かに声をかけられている。
 
 「え!ねぇ、朔くん声かけられてるよぉ」
 「あれ誰だ?」
 「名刺?なんか渡してるぅ、スカウトとかかなぁ?」
 「やば、凄……あ、でも断ってるね」

 何を話しているのかはわからない。朔は首を横に振り、男性は諦めたのかそのまま去っていく。

 「声かけられるって本当にあるんだねぇ」
 「うち、漫画の中だけだと思ってたわ……」
 「俺も……」
 「まぁ、割とあるよ」

 三人の視線が一人に注がれる。
 「……千雅だもんなぁ」
 「ちかちゃんだもぉん……」
 「千雅はあっち側でしょ」
 「……なんかごめん。」

 悪くもないのに、謝らなくてはいけない空気だった。

 ————————————
 
 待ち合わせ時間から少し遅れて、よく知っている少女が朔の元に駆け寄っていく。
 「朔!待たせてごめん!」

 遥だ。

 騒がしい駅の中でも遥の声は、はっきりと千雅に届く。
 
 ゆるく巻かれた髪。
 やわらかなベージュのカーディガンに、裾から見える白いミニスカートが可愛らしい。
 足元はブラウンのショートブーツに、同じ色の小さなショルダーバッグ。

 ブラウン基調にまとめられた服装が、遥の赤みを帯びた髪によく似合っている。
 髪も服もメイクも、全てが素でも可愛い彼女をより一層、輝かせていた。

 「……」

 千雅は言葉が出ない。
 
 あそこに居るのが自分だったらどれだけよかっただろう。

 そう思わずにはいられなかった。

 悔しい。
 僕が独り占めしたい。そう思うほど、遥は可愛いかった。

 「はるちゃん可愛いぃ!」
 「遥、髪も頑張って巻いたんだね!めっちゃいいいじゃん!」

 自分達の選んだ服が間違っていなかった、と由乃と葵は喜ぶ。
 拓真も遥の姿に「おぉー!」と感心している。


 でも千雅だけは。
 息苦しさに唇を噛み締める。
 こんな気持ちになるのなら、帰ればよかった。
 
 今すぐにでも、遥をあの場から奪いたい。

 拳を強く握る。
 気持ちを抑え、耐える。


 「声、かけに行かないの?」由乃が千雅に呟く。

 「……どうして?」

 千雅の心を見透かしたような(ささや)きに意地悪だな、と千雅は思う。

 「凄く側に行きたいって顔してたからかなぁ」

 ふわふわとおっとりして見えるのに、言葉が的確な由乃。千雅は言葉に詰まる。
 自分の気持ちを見透かされている、そして試されているように感じた。
 僕だって、本当はこんなの壊してしまいたい。

 でも。
 
 「邪魔するのは、卑怯だろ」

 
 自分の気持ちを強引に押し付けても、遥は好きになってくれる訳じゃない。
 
 千雅はわかっていた。

 「ごめん。僕帰るね」
 由乃達に背を向け、千雅はその場を後にした。

 「……やっぱりこれを見せるのはやりすぎたかな?」
 千雅の姿に、葵は反省する。
 拓真は少しの間の後に言った。

 「まぁ、後で知るよりは良かったんじゃないかって俺は思うけどね」

 「……でも私の言葉は、ちょっと意地悪だったかもねぇ」
 由乃は千雅が行くと思っていた。だけど彼は由乃が思う以上に遥を大切に想っていたようだ。
 
 拓真は腰を伸ばし、立ち上がる。
 
 「さ、これ以上は無粋かな。二人とも帰ろうか」
 拓真は帽子を脱ぎ、髪を整える。
 由乃も拓真に合わせるように帽子を脱ぎ、身なりを整える。
 
 「じゃあ三人でパフェでも食べてから帰ろぉ?」
 「お、いいね!食べよう食べよう〜♫」

 朔と遥とは反対へ、手を繋いで仲良く歩き出す由乃と拓真。

 「えー!もう少し!もう少しだけ見ようよー!」

 
 葵は文句を言いながら、二人の後を追いかけていった。