『恋愛ってなんですか?』

「たません二つー!」
「はーい」
「あれ、オレンジジュースってもうない?」
「ここにあるよー!」

 進学科2年のたませんは思いのほか好評。
 午前担当の生徒達はそれぞれの役割を果たすため、バタバタと動き回っていた。

「葵ー!これ30番!」
「オッケー。遥、31番もう出る?」
「出るよー!」
 午前の当番はキッチンに私と葵、売り子に千雅と朔。
 午後からは入れ替わりで拓真と由乃がくることになっている。
 
「ねぇ!あの二人めっちゃかっこよくない?!」
「ホントじゃん!え、買う時に話しかけてみる?」

 千雅と朔のイケメン売り子効果は絶大。
 たませんは飛ぶように売れる。この売り上げの功労者はほぼこの二人といってもいい。他校、他クラスの子達にとって文化祭は彼らと話す唯一のチャンス。
 女子に大人気のたませんは朔と千雅によって保たれていた。
 二人の存在感に圧倒されながら、私は必死に目玉焼きを焼き、煎餅にソースを塗って焼けた目玉焼きを挟む。その作業をひたすら繰り返した。

「たません、ソース2つですね。」
「お願いしまーす!ねぇ、名前なんていうの?」
「佐伯です。できたらまた呼ぶので番号札持って後ろでお待ちください。」

 朔は淡々と、女子達からの会話を流していく。
 取り付く島もない様子に朔狙いの子達は意気消沈だ。

「ちかくん!もしよかったら休憩一緒に回らない?」
「ありがとうございます。でも、すみません。僕、この後に予定があって」

 千雅は朔に比べて話しやすいのか直球な誘いも多い。そして、朔以上にはっきりとしたお断りに為す術がない。
 声をかけた女子は落ち込み気味かと思いきや、千雅の顔と愛想の良さに癒されて笑顔で帰っていく。
 千雅は意外と女性の扱いが上手い。
 
「いやーあの二人の売り子効果、半端ないね」
「モテまくってるね。元々だけど。文化祭効果でみんな積極的だよね」

 喋りながらも、目玉焼きを焼く手は動かし続ける。

「まぁ、他にモテても意味ないと思ってるだろうけどね」
「あー前にそんな話を朔としたよ」
「……。」
「え、なにその目」
「ナンデモナイ」
 急にカタコトになる葵。
 意味のわからない葵の反応にすっきりせず、口を尖らせる。

 
「あ!いたいた!」

 売り場の方にとても聞き覚えのある声が聞こえ、顔を向ける。
 弟の大和が友達を連れてたませんを買いに来ていた。
 
「大和!きたの?」
 相変わらずチャラい見た目に同種の友達も数人連れてきたのか、派手なグループで目立つ。

 クラスメイトに焼き場を任せ、たませんを買いにきた大和に近づく。
 何か問題でもあったのかと思うくらい、千雅と朔が大和達を見つめていた。

「へー!これが大和の?え、可愛いじゃん!」
「そ。あ、たません三つちょーだい」
「買うならあっちに並んで……え、千雅と朔、顔がなんか怖いよ?」

 真顔だ。二人ともいつになく真顔だ。

「……遥、この人達とはどういう関係?」
「……」
 千雅の低い声に一瞬戸惑う。

「大和は弟だよ。と、その友達かな?」
「……どうも。」
「えっ大和くん!?」
「そう。もう面影ないでしょ」

 千雅は小学生の頃、よく家に遊びにきていた。その時の大和は今みたいにチャラくない。そりゃあんなスポーツ少年みたいな子がこんなチャラ男になってたらわからないよね。
 千雅と大和が挨拶をしていると横から大和の友達に肩を軽くつつかれる。

「大和のおねーさん、休憩入ったら俺らと回りません?」
「オイ。ねーちゃんにちょっかい出そうとすんな」
「えーだって俺好みなんだもん。ね?どうすか?」
「いや、私は……」
 弟の友達に文化祭でナンパされることになるとは。気まずい。別に誰と約束してるわけでもないけど、こういうノリは苦手なんだ。

 
「この後は…」
「俺と約束があるからダメだ」
「僕と約束があるからダメだよ」


 朔と千雅の声が被る。

 
 誘ってきた大和の友達も、予想外の場所からの申し出に目を丸くして二人を見ている。
 私が困っているのがわかったのか、二人は助け舟を出してくれた。
 
「……ふーん?」
 大和は、じっと二人の顔を見つめる。
 
「ほら、たません買ったら行くぞー。このイケメン達相手に勝ち目はねぇって。ねーちゃんまたね〜」
「そんなぁ〜」
「振られてやんの〜」

 ぎゃあぎゃあと騒がしくも、その友達は大和に引っ張られていく。
 どうしたものかと悩んでいたから助かった。
 ホッとしたのも束の間、大和が私に向かって呟く。
 
「ねーちゃん。鈍いのはわかってるけど、程々にしなよ?こんだけ分かりやすいのに」
「は?!」
 
 この弟は何を言っているのか。

「じゃあね〜」

 波乱だけを残し、たませんを受け取ると大和達は去っていった。

 ————————————

「4人ともお疲れ様〜!」
「ゆっくり休憩してきてねぇ♫」

 見るからに文化祭を楽しんできた様子の由乃と拓真。
 午前の売り上げは予想を遥かに超え、午後は材料も少なく、割とすぐに売り切れてしまいそうだった。
 後半組に残りを任せ、私と葵、千雅、朔は休憩に入る。

「あの大和って子、遥の弟だったんだね……」
 葵の顔が何故かげっそりして見える。

「え?うん。葵、もしかして知り合い?」
「いや……まぁ、ちょっと似たような顔が知り合いにいたから……あはは……」
「ん?どういうこと?大丈夫?」
「大丈夫大丈夫!また話すわ。じゃ、うちは部活の方に行くから〜じゃあね!」
 話を濁すように、葵は手を振りながら階段の方へと走っていった。
 その場に私と千雅、朔の三人だけが残される。
 
 さっき庇ってくれたけど、あれはその場を逃れるための方便。今からどうしようか悩む。

「千雅と朔はどうする?私は特に予定もないから適当に周ろうかなって思ってるけど。千雅は予定があるんだっけ?」
「うん。だから遥と周りたいんだけど、いいかな?」
「……うん?あ、そういう!?」

 千雅の言った言葉の意味に今気付く。あれは私を誘う予定があるってことだったんだ。
 意図に気づき、落ち着かなくて目をそらす。

「い、いいけど……朔は?どうする?」
「……俺も」
「さっくーん!!」

 ——ドンっ!
 
 朔の背中に勢いよく女の子が抱きついてくる。
 勢い良すぎて朔が少しへし曲がりそうな……だ、大丈夫かな……。
 腰を抑えて屈んでいる朔。

「やっと見つけた!校舎広すぎてどこがどこだかわかんなかったんだけど!」

 切れ長な目に黒髪のロングヘア、少女は大人っぽいのにどこか幼さも感じさせる。
 モデルみたいに綺麗な女の子。

「真由香……痛いだろ」
「だってさっくん見つけて嬉しかったんだもーん」

 少女は拗ねたように唇を尖らせ、朔の腕を掴む。
 朔の腕を抱きしめる手から目が離せなかった。
 
「朔の知り合い?」

 千雅が朔に聞いた。

「……あぁ。親同士が友達で」
須藤真由香(すどうまゆか)です!来年ここに入学しようと考えてて。さっくんに会うついでに見学へ来ました!」
 
 朔の言葉を遮るように話す真由香ちゃんは明るく元気で無邪気。とても可愛らしい。
 来年からってことは中学3年生なのかな。真由香ちゃんと話す朔はいつもより自然に見える。
 
「さっくん、友達もイケメンなんだね〜。まぁ、真由香はさっくんが一番好きだけど!……こっちの人は?」
 真由香ちゃんの視線が鋭く私を突き刺す。さっきまでの雰囲気とは違い、静かな敵意を感じた。
 朔は真由香ちゃんの手を振り解く。

「真由香、もう少し考えろ。距離が近いっていつも言ってるだろ」

 珍しく朔が少し怒っていた。
 こんな感情的な朔はじめて見たかもしれない。

「……さっくん怒ってるの?いつもは避けるだけで怒らないのに……」
 横目でこちらを見る真由香ちゃんの目は攻撃的で私を威圧する。

「はぁ……こっちは千雅、その隣が遥。……俺の、友達だ。」
「……ねぇ、千雅くんと遥さんは付き合ってるの?」
「えっ?!」

 初対面から遠慮なくデリケートな質問を投げられる。

「そうだったらいいんだけどね」
「ちょっと!千雅!」
「僕は遥が好きだから」
 ニコニコと微笑む千雅。
 ストレートすぎる返答にどうしたらいいかわからなくなる。

「ふふっ私、千雅くんとは仲良くなれそう!」
「僕もそんな気がするよ」

 そう言い合う二人には、何か分かり合えるものがあるようで。
 それがなんなのかは、私にはわからなかった。

「私、さっくんと二人で周りたいんだけどいいかな?」
 真由香ちゃんは笑顔で聞く。

「おい、勝手に決めるな」
「僕は全然いいよ」
「わーい!さっくん、私と二人でまわろ!校舎の中広くて迷子になっちゃうし、案内して!」
「俺は……」

 朔と目が合う。けど、目を逸らしてしまった。
 生徒でない真由香ちゃんを案内してあげるのはいいことだと思うし、普通のこと。
 でも、なんか、気分が悪い。

「朔の好きにして大丈夫だよ。私達は大丈夫だから」
「……わかった。」
 朔は真由香ちゃんと二人で行ってしまった。

 息が、苦しいような気がした。

「……遥?大丈夫?」
「ん?なんで?全然大丈夫だよ?」

 千雅は少し黙ると思い切ったように私の手を握り、歩き出す。

「えっ?!」
「普通科のお化け屋敷、怖いらしいよ」
「やだよ!私が怖いの嫌いって知ってるでしょ!」
「ははっそうだったね。じゃあチュロスでも食べに行こうか」
「……そうだね」

 賑やかな廊下は私の痛みを薄くしていく。
 文化祭の雰囲気を味わいながら、千雅と楽しく歩きまわった。