『恋愛ってなんですか?』

 文化祭当日。

 空はこれ以上ない青い空を見せ、気温湿度ともに良好。
 登校すると校門の上には、大きく[青瑞祭]と書かれた看板が掲げられている。
 校舎の外も中もいつも以上に賑やかだ。

 校舎までの通り道。各部活がテントを立て、屋台の準備に大忙し。周囲を食材を持った生徒が走り回っている。
 その様子を横目に、私も自分のクラスへと急いだ。

 クラスの扉には[たません]の文字。四人で作った暖簾がかけられ、何を売っているのかすぐに分かる。
 壁や天井には、紐で提灯や飾りが吊り下がり、クラスメイトはみんな、背中に黒字で『祭』と書かれた赤と白の法被(はっぴ)を着ている。
「あ!遥!やっときたー!入り口で何してんの?」

 暖簾をくぐった中から現れたのは法被を着た葵だった。

「ごめん、寝坊しちゃって。葵、めちゃくちゃ似合うね法被」
「ふっふ〜そうだろう!そうだろう!」
「うん。いるよね、こういう陽気な人」
「ん?褒めてるんだよね?」

 教室の中は賑やかだ。みんな文化祭を楽しみにしていた。
 机を繋げて作られた簡易テーブルの客席。教室を半分に仕切るように置かれているのは、手作りの屋台カウンター。
 カウンターの後ろにはホットプレートが並べられ、材料が机の上を占領していた。
 全部、放課後にクラスみんなで作った力作。

 教室の隅に荷物が固められている。私もみんなと同じように鞄を置く。
 すると、後ろから気配を感じて振り返った。

「遥おはよう。はい、これ」
「おはよう。ありがとう千雅」

 綺麗に畳まれた法被を私は受け取り、羽織る。
 あの告白からも、変わらず私と千雅は一緒にいた。
 変わったことといえば、千雅の言葉がとても……とても積極的になったことだろう。

「遥、全然来ないから心配したよ」
「珍しく寝坊しちゃって、焦ってきたから髪もボサボサだよ」
 整えることのできなかった髪を手櫛で直す。

「ふふ、本当だ。ここだけ跳ねてるね」
 
 千雅の手が優しく私の髪を触る。
 
 跳ねた髪を直し終えると、そのまま私の耳の後ろに手を滑らせ、少しだけ触れた。

「うん、可愛い。」
「……っ……あ、ありがとう……」

 千雅の見つめてくる目があまりにも愛おしそうで。
 真っ直ぐすぎる愛情表現。頭から煙が出てしまいそうだった。
 いくら私が恋愛に(うと)いとしても、ここまで露骨にされると流石に分かる。
 逆になんで今まで気付かなかったの私。
 
 視線を逸らしてしまう。顔が見られない。

「千雅くーん、ちょっといい?」
「うん。ちょっと行ってくるね」

 クラスメイトに呼ばれ、その場を離れる千雅と入れ替わるように、由乃と拓真が近くにくる。
「……千雅すげぇな。何、二人は付き合ってるの?」
「付き合ってはないよ?!」
「付き合って は ?」
「……。」

 失言だった。ややこしい言い方をした自分をハリセンで叩きたい。

「はるちゃん?詳しく知りたいなぁ〜?」

 いつも穏やかな雰囲気を醸し出している由乃から今は圧を感じる。
 拓真もニヤニヤと隠しきれない口元を抑えながら、私の答えを待っていた。

「……いや……あ……この前マンションの……」



 私は二人に千雅との出来事を素直に話した。
 話して良いのか悩んだけれど、隠し事が得意じゃない私は誤魔化すこともできなかった。

「え〜〜〜〜!!ちかちゃんすごぉーい!」
「由乃っ声でかいよ!」
「このままだとはるちゃんが あまりに鈍くて 気付いてもらえないから告白したのか。ナイス判断だと思う。」

 拓真は凛々しい顔で千雅を感心している。
 そして私は「あまりに鈍くて」のワードに心が痛む。
 言い返す言葉も無い。

「ちかちゃんは今、はるちゃんを落としにかかってるんだね!」
「落としにって獲物じゃないんだから……」
「はるちゃんが取られないように必死なんだな」
「取られるって誰に?」


 その場が急に沈黙に包まれる。


 拓真と由乃は私から目を逸らし、互いに遠いどこかを見ていた。

「え、何その反応……」
 急な沈黙が非常に怖い。

「たくちゃん!そういえばモッチーがなんか言っていたような!!」
 由乃は捲し立てるように拓真を急かす。
 
「何?!それは急いで職員室に行かなくては!」
 漫才コンビかと言いたくなるくらい、二人の息はピッタリだった。
 いや、望月先生は教卓横のデスクで優雅にカフェオレ飲んでますけど。

「モッチーならそこに」
 私の言葉は二人には届かない。

「ということで、はるちゃん後でねぇ!」
「後でねっ!」

 これは聞く気がないと言うのが正しい。

 その場から逃げるように2人は仲良く教室を飛び出していく。
 誤魔化すように教室を後にした仲良しカップルの背中を、私は見つめることしかできなかった。

「遥」
「朔!今きたの?」
 振り返ると、法被姿の朔が立っている。
 
「いや、割と前から近くにはいた」
「え、ごめん。気づかなかった」

 完全に千雅と騒がしカップルに意識が持っていかれていた。

「……」

(…?)
 朔が私を見つめている気がする。
 いつもとは違う視線。私は手で髪を抑える。

「や、やっぱり髪の毛ボサボサ?」

 さっき千雅が直してはくれたけど、やっぱり直りきらなかったのかもしれない。
 手首に付けていたシュシュで髪を一つに束ねる。

「変?」
「いや。ただ、」
「ただ?」

 朔の手が私の顔の横に伸び、耳に触れた。
 体が少し跳ねる。朔の手の体温が、ほんの少しだけ 私の耳を熱くする。
 シュシュでまとめきれていなかった横髪を耳の後ろにかけてくれた。

「髪、結んでも似合うな」

 優しく微笑む朔の笑顔は、変に私の胸の奥を締め付ける。
 少しだけ触れた感触が、消えることなくそこに残っている。


 法被の裾をぎゅっと握って、意識を逸らす。

 私はこの気持ちの答えを知るのが怖い。
 動き始めたこの感情を抑え込むように、心の奥に戻す。

「ありがと」

 日常を好んで過ごしていた私にとって、この変化は何よりも怖いものだった。


 校内全体にアナウンスが流れる。
 
「只今より、青瑞高校文化祭 [青瑞祭] を開催します。みなさん、トラブルの無いよう、気をつけてながら楽しい1日にしましょう。」

 文化祭が始まった。