『恋愛ってなんですか?』

 千雅の言葉に、なんて返したらいいのかわからない。
 
 言葉が、詰まる。
 
「……千雅……私は……」
「大丈夫だよ。遥」


 それ以上何も言えない私を見て、千雅は優しく呟いた。

「今は返事しなくていい。でも、僕が遥を好きってことを知って。これからは僕のことを意識して。」

 私の目を見つめて離さない。千雅、本気なんだ。

「……っわかっ、た。」

 心臓がうるさい。
 でもこのうるささの原因がなんなのか、私にはまだわからない。
 恋とか、愛とか、言葉では知っている。それがどういうものなのかも、嫌なほど見てきた。
 ……怖い。
 それでも、千雅の気持ちにちゃんと向き合っていかないとダメだ。


「……ありがとう」

 千雅は優しく私の頭を撫でた。


 
 その後、何を話したのか正直覚えていない。
 私の頭の中はもう、千雅でいっぱいだった。

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 休み明け。
 いつもの登校よりかなり早い時間。私はもう教室に着いていた。

「……私、一番じゃん」

 誰もいない教室は私の思考をより加速させる。
 あれから、何をしていても千雅の事が頭から離れない。

 千雅が私のことを好きだった。昔から、ずっと。
 
 今思えば、あの言葉も、あの誘いも。
 全部、そういう意味だったんだ。

 なのに私は、『その言い方やめなよ』とか『他の子だったら勘違いするよ』と。
 その時の自分を消し去りたい気分だ。

「ん゛あ゛ぁぁ……」

 自分の無神経すぎる言動に居た堪れなくなり、思わず声が漏れ頭を抱えた。
 机に置いた鞄へそのまま顔を埋め、目を閉じる。

 好きって、手を繋ぎたいとかハグしたいとか、そういう好きってことだよね?
 私と千雅が……。
 
 想像したことのないイメージに、もはや思考が止まる。
 付き合って、うまくいったとして。その先は?始まりがあれば終わりがある。
 私が恋愛なんてできるの?千雅との関係がなくなってしまうのは嫌だ。でも……。
 わからない。自分の気持ちがわからない。

「……なんか朔に会いたい。」

 鞄に埋もれたまま、朔の机を眺めてみる。
 なんでこんなにも朔に会いたくなるのか。
 でも、今は無性にあの落ち着く空気が恋しい。


「はあぁぁぁ……」
「大きな溜息だな?」
「どぅわあぁぁ?!」

 いきなり聞こえた人の声に、鞄から飛び上がった。

「……そんなに驚くと思ってなかった。悪い。」
「ごめ……お、おはよう朔。いつもより朝早いね?」
「おはよう。……まぁ、色々考え事してたら早くなった」
「あー……あるよね」

 静かな時間が少し、流れる。

「……さっき教室ついたばっかり?」
「……あぁ」
「そっか!」
「?」

 さっきの言葉、聞かれなくてよかった。
 押しつぶされて薄くなった鞄の形を直し、中身を机にしまい始める。
 
「あ。」
「どうした?」
「……筆箱、忘れた」

 うっかり、というか全く確認もしていなかった。
 千雅ことばかり考えていて鞄の中身を気にしていなかった。

「やらかした……モッチー貸してくれるかな」
 せめてシャープペンと消しゴムだけでもないと困る。
 
 隣では朔がカチャカチャとなにかしている。何をしているのか、鞄が陰になってよく見えない。

「俺ので良ければ、使うか?」
 
 朔と出会った時に拾った紺色の筆箱だった。
 まだ数ヶ月前なのに、何だか懐かしい。

「え。朔、書くもの無くなっちゃうじゃん!」
「俺はこっちがある」
 筆箱を持った反対の手から色違いの黒い筆箱が顔を出す。

「……筆箱二個持ってるの?」
「……たまたま入ってた」
「え、本当に?」
「……本当に。」

 そんな都合よく二つ持ってるなんて。朔は両手に似たような筆箱を持って気まずそうに立っている、なぜか少し面白い。
 一瞬の間の後、目を合わせ、二人揃って笑ってしまう。

「ふふっいつも筆箱二個持ってるの?」
「いや、今日本当にたまたま」
「奇跡じゃん」

 なにを考えていたんだっけ。
 気づけば、すっかり忘れて笑っていた。

「ありがとう。よかったら借りていい?」
「あぁ」

 朔の優しさに甘えて紺色の筆箱を借りることにする。
 筆箱を受け取り、机の中に一旦しまう。
 
 考え事をしすぎて、筆箱も忘れショックだったのに。何だろう?
 今はちょっと、嬉しい。
 朔と朝からこうして楽しく話せたから?それとも借りた筆箱から朔を少し感じるから?
 どうして私は、朔といるとこんなに楽しいんだろう。

 
「……金曜日、急にバイトになって大丈夫だったか?」

 朔から珍しいことを聞かれる。
 質問に千雅の告白を思い出すが、それを言うのは違うと口を(つぐ)む。

「全然大丈夫だったよ!あの日、葵と由乃がバイト先に来てくれて。……千雅も夕方くらいに来てくれたんだ」

「……そうか」
 朔は視線を落とした。
 なぜか沈黙に、少し重みを感じる。

「朔は大丈夫だった?モッチーの手伝いに駆り出されてたんでしょう?」
「あぁ、なんか体育館の椅子を移動させるのを——」


 朔と話していると、いつも時間が足りない。
 私達の教室にはいつの間にか人が溢れ、今日もいつも通り授業が始まった。