『恋愛ってなんですか?』

「遥ちゃん、本当ごめんねー!」

 葵と拓真が学校を休んでから数日が経った。
 次の日に葵は来たが、マスクをつけて顔を隠し、目は大きく腫れていた。
 どれだけ泣いたんだろう。
 でも、私達は変に気遣うことはしない。いつも通り。
 すると葵も少し落ち着いたようだった。
 拓真も無事に風邪から復活して、由乃と相変わらず仲良く過ごしている。

 金曜日の学校後。
 バイトは入れていなかったけど、店長に頼まれて出勤することになり、私はバイト先のバックヤードにいる。

 「全然大丈夫ですよ!お子さんが熱出て、佐田さん大変そうですね」
 バイト先には主婦の人も多く、お子さんがいる人も多い。
 急に何かあった場合、高校生の私が出る事は結構ある。
 嫌がる子も多いが、仕事すればお金が増えるので私は気にしない。

「遥ちゃんにはいつも助けられてるよ〜本当にありがとうね」
「給料もらってますし、気にしないで下さい!じゃ、レジ行ってきまーす」
「お願いねー」
 
 私はバックヤードを出て、コロコロローラーで服の汚れを取る。
 手洗い場で手を洗い、アルコール消毒をして仕事場へと入っていく。

「ドーナツの残りは……」
 ショーケースの裏から残った商品を並べなおしていると、隙間から見慣れた顔が見える。
 手を止め、話せる位置まで動き、顔を出した。
 
「いらっしゃいませー。あれ、葵と由乃、今日は二人?」
 そこにいたのは学校帰りの葵と由乃だった。

「やっほー遥、そ。今日はふたり〜」
「はるちゃん今日バイトになったって言ってたから、来ちゃったぁ」
「なんか久しぶりに2人なの見た気するね〜!あ、もっちリングは出てるだけで今日はおしまいだよ」
「え、じゃあこれにしよー」

 葵と由乃は楽しそうにドーナツを選んでいる。
 そんな二人を眺め、トレーを拭きながらレジで待つ。

「そういえばメンズ達はどうしたの?」
「たくちゃんと朔くんは力仕事手伝えってモッチーに連れていかれてたぁ」
「千雅はサッカー部に試合の助っ人頼まれてたよ」
「三人とも大忙しだね〜カフェオレはどうする?」
「2つで」
「はーい、合計1500円です」

 慣れた手つきで会計を済ませ、ドーナツを店内用のお皿に移し、カフェオレを2つ準備する。

「はい、お待たせ。今奥のボックス席、空いてるよ」
「ありがと遥」
「はるちゃんお仕事頑張ってね」

 私は手を振って、ふたりを奥の席へと見送った。

 ――――――――――――

 時間は18時を回り、外は暗くなり始めていた。
 店内清掃の為、ダスターを持って店内のテーブルを一つ一つ拭いていく。
 奥のテーブルを見ると由乃と葵が帰る支度をしていた。

「はるかーうちら、そろそろ帰るね」
「はーい、また来週ね」
「はるちゃんも気をつけて帰ってねぇ」
「もちろーん」

 バイバイと手を振りながら、二人は私の横を通り過ぎていく。
 
「遥!」
 通り過ぎたはずの葵がまたこちらに戻ってきていた。

「葵、どうしたの?」
「その、色々、心配してくれてありがとうね」

 いつになく真剣にお礼を言ってくる姿になんだか照れる。

「え、なになに?!何もしてないよ」
「いやもう……遥も大変だと思うけど、頑張れ。じゃ!」
「いや、どゆこと」
 何が頑張れ、なのか全くわからない。
 葵の意味深な応援に頭を(ひね)る。そんな私を振り返ることもなく、葵と由乃は帰って行った。
 
 何をどう頑張るのか。
 葵がどういう意味で言ったのかわからない。だけど、葵が元気になって本当に良かったと思う。
 私は止めていた手を動かし、ダストボックス内のゴミ袋を纏める。
 窓の外を見ると、ガラスに貼っていた店の飾りが取れていた。ゴミを纏め、飾りを探すために外へ出る。

 周りを探してみるが見つからない。
 
「あれー……星のだけない。飛んでっちゃったかな。」

 というかこの飾り、ここに飾るものだっけ?新人ちゃんが間違えたのかもしれない。あとで店長に聞いておこう。
 無くなってしまった飾りをキョロキョロと探していると急に後ろから声を掛けられた。

「すみません。これ探してるものですか?」
「え?」
 振り返ると、千雅が星の飾りを持ってこちらに差し出していた。

「千雅!」
「びっくりした?」
 千雅は、私の反応に満足そうだ。

「遥、今日バイトになったって言ってたから。まだ居るかなと思ったんだ。バイト何時まで?」
「わざわざ来てくれたの?今日は19時半までだから、あと少しかな」
「じゃあ待ってる。周りも暗いし、一緒に帰ろう」
 店内の時計を外から見ると、まだ18時を過ぎた位だった。

「1時間以上、待たせちゃうよ?」
「ドーナツ食べて待ってるよ。ちょうどお腹空いてたから」
「じゃあドーナツ奢るよ〜」
「いいよ。僕が好きで待つんだから」
 千雅はいつも優しい。昔からずっと。

 結局、私がドーナツを奢ることは許されず、千雅は自分で支払い済ませ、席で食事をしながら私の退勤を待ってくれた。

 ——……19時40分。

「千雅、お待たせ!」

 店内でコーヒーを飲みながら本を読んでいた千雅に声をかける。
 千雅は待っていたと言わんばかりに嬉しそうだ。

「全然。バイトしてる遥を見てるのも楽しかったよ」
「なにそれ」

 既に空になっていた千雅の食器を片付けて、店内を出る。帰る場所は一緒なので、電車も全部一緒。
 駅に着いて電車に乗ると、車内はいつも以上に混雑していた。
 車内は満席。立っている人達も動けば当たってしまいそうな近さ。

「なんか今日人多いね」
「本当だね。遥、こっちの壁側に来たらいいよ。」
 千雅は私の手を優しく引っ張り、扉の角へと促す。
 私の前には千雅が立ち、人を遮るように守ってくれていた。

「あ……ありがとう」
 急に千雅が男の人に見えて。少し、そわそわした。
 顔の横に伸びる腕が逞しく見えて、すぐ側に見える顔が大人びて見えたからかも。
 私の知ってる千雅じゃないような。
 今まで考えたことなかったけど、改めて千雅は男の人なんだと思った。

 落ち着かなくてソワソワしていると、私の異変に気付いた千雅がこちらを見て笑っている。
「遥、チラチラ見過ぎ。僕なんかついてる?」
「いや、なんか、千雅も男の人なんだなぁって思って」
「なんだと思ってたの?」
「千雅の事、男の人って意識したことなかったから」
 
 千雅の表情が急に少し曇る。私、なんかまずいこと言ったかな。
 
「変な意味じゃなくて!なんていうか、今さらなんだけど。千雅も男の人なんだって感じたっていうかなんというか……さらっとかっこいい事するから」

 あ、だめだ。何言ってるんだろう。
 何を伝えたかったのかわからなくなり、恥ずかしさが込み上げる。
 変に思われたかもしれない。

「そうだよ。僕も男。キュンってした?」

 顔を近付け耳元で囁く千雅の声は甘くて。
 真剣な男の人の表情だった。

「きゅっ……!?キュンってしたのか……な?え、あ、わ、わかんない!」

 からかわれてるってわかってるのに、いつもより男性らしさを感じる千雅にこそばゆい気持ちになる。
 私の焦った回答に、千雅は豆鉄砲を喰らったようだった。

「あはははっ!わかんないって……その反応が見られただけで、少し嬉しいかも」
 千雅は抑えながら控えめに笑う。人の反応で遊んで……!
 私をおもちゃにするなと喉まで出かけたが、千雅のあまりに楽しそうな姿に、怒りは消えてなくなった。
 あんなに混んでいた車内も気付けば人が減っていて、最寄り駅に着いた私達も電車を降りた。

 ——……

 マンションに向かって二人で歩く。
 4月には綺麗に舞っていた薄紅色の花びらも、9月になり、その葉を赤や黄色に色づけ始めているのが街灯に照らされてうっすらと見える。

「今日の試合、勝てた?」
「勝てたよ。僕は大したことしてないけどね」
「よかったじゃん。朔と拓真はモッチーの手伝いさせられてたみたいだよ」
「そうなんだ」

 千雅は授業後、すぐにサッカー部に連れて行かれていたらしい。だから知らなかったようだ。

「そー。そういえば朔も運動神経いいから、千雅みたいに助っ人で呼ばれることあるのかな?まぁ、朔あんまり愛想良くないからないか」
「……どうなんだろうね」
 
 朔は千雅みたいに誰とでも仲良くなれるタイプではない。だから誘われることもないのかも。

「朔、話してみるととってもいい人なのにね。この前の夏祭りの帰り道も——」


「遥は朔が好きなの?」


 千雅の唐突な問いに、動きを止める。
 私が、朔を好き……?

「え、別に好きだよ?良い友達だと思ってるし」
 
「友達じゃなく、恋愛としては?」

 冗談でも、茶化してる訳でもないのが、千雅の声でわかる。
 恋愛って私が朔のことを好きなのかってこと?

「……え、わ、わかんない。私は恋愛とかそういうのはするつもりないし、したことも……」

「……。」

 あんなに楽しく帰っていた道が、急に遠く感じた。
 好き?好きって、なに?どうなったら恋愛的に好きってなるの?
 私は母親の姿を思い出す。

 足は重く、進みもゆっくりに感じる。

 結局、沈黙を維持したままマンション着いてしまう。
 私は鞄から鍵を取り出し、エントランスのパネルに差し込む。
 千雅の顔は見ていない。でも、後ろからちゃんと着いてきているようだった。
 エントランスの扉が開く。そのままホールに進むと、後ろから聞こえていた足音が止まった。

「千雅?」
 
 何かあったのかと心配で振り返ろうとする前に、俯いた千雅の額が私の背後からそっと肩に触れた。

 千雅の様子が変だ。

 私がちゃんと答えられなかったから気分を悪くした?
 それとも体調が悪い?
 私の考えを遮るように、千雅は喋り出す。

「怖いんだ。」

「?……何が怖いの?」

「遥が、僕以外の誰かの所に行ってしまいそうで」

「……?」
 それは……どういう意味の……。
 
 千雅は言葉を続ける。

「中学の頃。遥が引っ越すって聞いて本当は伝えようとしたけど、結局伝えられなくて。ずっと後悔してたんだ。」

 私は何も言わず、千雅の話を聞き続ける。

 
「あの頃は、伝えたらもう遥とは会えなくなっちゃう気がして、怖くて。」

「……。」

「でも、今は。あの時の意気地なしの僕とは違う。」


 すぐにでも消え入りそうな弱々しい声。
 それでも、その声は覚悟を決めたように強い意思を持っていた。


「ちゃんと僕を見て欲しい」


 千雅はゆっくりと顔を上げる。
 さっきまで私の肩に触れていた温もりが、少しだけ離れる。

 私の肩を優しく掴み、千雅の瞳が真っ直ぐ私を捉えた。



 
「ずっと——ずっと前から。遥が好きなんだ。」



 
 自動ドア越しに見える二人の姿に、朔はそのまま動けなかった。
 聞こえてしまった告白が、胸を締めつける理由を。

 まだ、言葉にできないまま。