『恋愛ってなんですか?』

 『今、下にいる』
 
 画面に表示されたその一文を確認する。
 私は急いでサンダルを履き、玄関を出て階段を下る。
 ホールを進んでエントランスを出る。マンション下の小さな休憩スペースで、千雅が待っていた。
 私は階段を下り、千雅の元へ向かう。

「待たせてごめんね!」
「全然、呼んだのは僕なんだから」
 千雅は穏やかに微笑む。

「歩いて話す?ここで話す?」

 私は「千雅の好きな方でいいよ」と言った。

「遥さえ良ければここで話そう」
「全然いいよ!」
「ありがとう」
 
 私と千雅は、休憩スペースにポツンと一つだけ置かれたベンチに、並んで座る。

「……。」
「……。」

 何から聞こう。
 どう聞いていいのかも、わからない。
 悩んでいると、千雅の方から口を開いた。

「僕の家が再婚したのは、話したかな?」
「昔と苗字変わってるから、そうなのかなって思ってた」
「中学2年の時に母親が今のデザイン事務所の社長と再婚して。そこからそれなりに仲良くもやってきてたんだけど」
「うん」
「最近になって両親の喧嘩が増えてね。仕事も今が忙しいみたいだから、お互いに余裕がないんだと思うんだけど。でも、二人とも苛立ちに任せて強い言葉ばかりいうから……どんどん悪化して。母さんが一緒に住むのを一旦やめる!引っ越しする!って言い出して」
「……うん。」
「最初は義父さんとの話し合いで決まったんだと思ってたんだ。でも、直前になって母が勝手に引っ越し準備をしてたことがわかって、しかもそれが義父さんにもバレて。もう大揉め。僕が仲裁に入ってたんだけど」

「……。」
 千雅がずっと、親の喧嘩の仲裁をしていたと想像するだけで、心が痛んだ。

「引っ越しを義父さんにバレたのが夏祭りの日で、それで遅れてしまったんだ。本当にごめん」
「そんな大変だったのに、私の事なんか気にしてる場合じゃないよ」
「そんなことない。遥との夏祭りは僕にとって大切だったんだ。」

 千雅の声は、か細い。

「……何とか納めて、夏祭りに来られたと思ったのに。まさか、また喧嘩して僕を迎えにくるなんて。……流石に僕も怒ったよ。」

 当然だと思った。
 自分の子供だからと、千雅の時間を奪っていい理由にはならない。

「そしたら二人も反省したのか喧嘩は収まった。でも、今度は事務所の仕事にトラブルが起きて。今までもたまに雑務を手伝ったりしてたけど、本格的に僕も手伝わないと回らなくなっちゃってね。学校が終わった後は事務所の手伝い、両親ができない家の家事も全部自分だったから」
 そう話す千雅の目はどこか遠くを見つめている。
 目線を下に落として、言った。
 
「正直、キツかった。」

 千雅は自分の弱さを吐き出すように、深く息を吐く。

 ……千雅はひとりでずっと頑張ってた。
 家庭の仲裁も仕事の支えも、学校のことも並行してこなして。

「……っ。」
「えっ、遥?泣いてる?」
「っ……だって!……おかしいでしょ。何で子供の千雅が親の仲裁して、仕事の手伝いもして、家のことまで千雅がやらなくちゃいけないの?親にだって色々あるかもしれないけど、でも、千雅を好き勝手に都合よく使っていい理由なんてない。……千雅の時間は、千雅のものなのに。なのになんで……っ」

 自分のことじゃないのに、千雅の気持ちを想像すると涙が出て止まらなかった。
 千雅が大変な思いをして、それでも夏祭りにもきてくれていた事にも感謝の気持ちが溢れて止まらない。

「なんか勝手に怒ってごめん……」
「……ちょっとびっくりした」
「……ごめん」
「でも、嬉しかった」
「……。……千雅」
「うん?」
「がんばったね。」
「っ……ありがとう。」

 千雅は下を向いたままだった。

 震える背中をそっと優しく撫でる。
 二人で目を赤くしている姿は他の人が見たらびっくりさせてしまうかもしれない。
 でも今はそんな事考えずに背中を撫でて、二人で支え合う。

「千雅とこうして話すの。なんか懐かしいね。」
「そうだね。」
「小学生の時、私が家のことで悩んで泣いてると、いつも千雅が話を聞いてくれたよね」
「うん」
「私、あの時本当に聞いてもらって救われてたんだ。誰にも話せなくてずっと苦しかったのに、千雅にだけは聞いてくれて。救われてた。」
 
「……僕も遥とたくさん話して過ごす毎日に、ずっと救われてたよ。ひとりぼっちじゃないんだって、心強かった。」

 赤みを帯びた目を見つめ合わせて笑い合う。

「あれから私達も大きくなったけど、大事なところは何も変わってないよ」
「……うん」
「また、こうやって話そう。」
「ありがとう。遥」
 
「……どやー」
 なんて言いながら千雅の前にポーズを取って立ってみる。

「千雅、ちょっとだけ大丈夫になった?」
「……ちょっとだけ?」
「だって解決したわけじゃないもん。だから、ちょっとだけ!」

 ふふっとクスクス笑い合う。

 私に問題の解決はできない。
 でも、少しくらいは支えになれる。

「んー!なんか話したらお腹すいた!千雅!コンビニ行こ!」
「……遥、こんな時間に食べたら太るよ?」
「なっ!?今なんて言ったー!」
「あはは!」

 千雅は最近みた中で一番の笑顔だった。
 私は逃げる千雅を追いかけながら、コンビニへと走った。