『恋愛ってなんですか?』

 夏祭り当日。

 私は前髪を整えながら人を待っていた。
 買ったばかりの浴衣はヨレもなく綺麗で、今日の為に張り切った髪型とメイクは自分を別人にしてくれたような気がした。
 浴衣を買いに行った時は少しめんどくさいと思っていたのに、日が近づくたびに楽しみになって、気合を入れてしまった。友達と夏祭りに行くのは初めてだからかも知れない。

 今日は結局、私と朔、千雅だけになってしまった。
 由乃は実家が町内会会長をやっていて、町内夏祭りの人が足りず、手伝わないといけないようで、隣の家に住んでいる拓真も一緒に借り出されたらしい。
 葵はダメだと思っていた片想いの先輩に夏祭りの誘いを承諾してもらえて、「どうしよう!」と悩んでいたけれど、「先に先輩を誘っていたのだから、そっちを優先したらいい」と伝えた。
 初めての夏祭りデートに、葵はとても緊張していた。でも、とても嬉しそうだった。

「スマホ……」
 時間は17時57分。
 自分の姿を改めて見直し、崩れかけたところを少し直す。
「……朔、なんていうかな」
 どんな格好でくるのかな。そんなことを考えてしまう。
 ピロン、とメッセージが届いたことを知らせる通知音が鳴る。通知の相手は朔。

 [悪い、行けなくなった。また説明する]
 
 突然の知らせに喉の奥がキュッと締まる。
 何かあったんだろう……でも仕方ない。
 周りの喧騒が少し遠く聞こえる。

「遥!」

 名前を呼ばれ顔を上げると、紺色の浴衣に身を包んだ千雅が焦った様子で走ってくる。
 千雅は乱れた浴衣を直そうともせず、遥に弁解を始める。
「ごめ……待たさないように、早めに動いてたんだけどっ予想外というか、色々があって……本当ごめん」
 いつも余裕そうな千雅の全く余裕のなさそうな姿。ちょっと新鮮だ。

「ふふっ千雅、そんな焦らなくても大丈夫だよ」
 思い出してみれば、昔は千雅もこんな感じだったかも。昔を思い出すような千雅の姿に自然と笑みが溢れた。
 千雅は私を見つめている。

「?なんかついてる?」
「浴衣姿、凄く綺麗だよ。」
「えっあっありがとう」
 そんな真っ直ぐ褒められるとは思っていなかったから、とても、照れる。
 
「千雅も浴衣凄く似合ってるよ」
「……ありがとう。遥に褒められると嬉しいよ」
 千雅は本当に嬉しそうだ。
「朔も来られなくなったって。さっき連絡きたよ」
「そうなんだ?じゃあ今日は二人でデートだね」
「デートって千雅はそうやってすぐに何でも」
「二人きりで夏祭り、立派なデートだよ。」

 千雅は私の言葉を遮る。その言葉は、いつもよりも真剣に聞こえた。
「た、確かに……?」
「ね。行こう、遥」

 空気がいつもと違う気がした。千雅は私の手を握り、人に溢れた商店街を進んでいく。
「人が多くてはぐれるといけないから。手、繋いでいこう」
「え、でも」
 私の返事を待つことなく千雅は手を握る。繋がれた手が変に熱く感じて。千雅の顔が、私からはよく見えなかった。

 やっぱり、今日の千雅は千雅じゃないみたいに見える。
 千雅に影響されたのか、夏祭りの雰囲気にやられたのか、今日は私も少し……変なのかもしれない。

 ――――――――――――

「何から見て回ろうか?遥は食べたいものある?」
「あ、ベビーカステラが食べたいな。屋台のベビーカステラ大好きで」
「いいね。じゃあ遥の食べたいもの食べ歩こう」
「ありがとう。千雅も食べたいものあったら言ってね!」
 あちこちから美味しそうな香りがして、「次はあれ食べたい」なんて話しながら、いろんな屋台を千雅と巡る。

 〜♫

「千雅、スマホ鳴ってない?」
「あぁ……うん、大丈夫。」
 スマホの画面をチラッと覗き、千雅は電話に出る事なく戻す。
 表情はわずかに曇っていた。何事もないように表情を作り、千雅は微笑む。
「次は何しようか?」

 スーパーボールすくい、輪投げにヨーヨー釣り。
 童心に帰って楽しんだが、その間も千雅からスマホの振動音が聞こえる。
「千雅、電話…」
「もうすぐ花火だね。僕、遥と花火見るの楽しみにしてたんだ。」
「……私も花火、楽しみにしてた」
 千雅は触れて欲しく無いと伝えるように会話を遮った。心配だけど、本人が今はその話をしたくないのに、聞くのは良くない。
 私は喉から出そうだった言葉を奥へと戻し、今は花火に集中する。
 会場の音楽に合わせて花火が綺麗に打ち上がる中、私のスマホにもメッセージ通知が届く。
 振動に気付いて画面を明るく照らすと朔からだった。

[まだ祭りにいるか?]

 返信を返そうか悩む。千雅と花火を見ているのにスマホを触るのは気が引けて、スマホを巾着へと戻し、後で返信することにした。
 花火は豪華に夜空を飾り、皆一様に首を上げて、夜空の大輪に感嘆の声を漏らした。花火が終わり、終了のアナウンスが流れ出すと人々は一斉に駅へと歩き始める。あっという間に周りは混雑した。

「人やばいね。……? 千雅、大丈夫?」
 千雅は複雑な顔でスマホを見つめ、その場を動かない。
「ごめん、遥。少し電話でてもいいかな?」
「全然いいよ!この様子じゃすぐには帰れないし」
「ありがとう。」
 千雅はスマホを耳に当て、少し離れる。
 私は近くのベンチに座り、祭りから帰る人の流れを眺めながら電話が終わるのを待った。

「……から……今日は本当に無理だって。……なにそれ、勝手に……。……わかったから、もう」
 千雅は電話の相手と何か揉めている。
 
 彼はスマホの電話を切ると立ち尽くしたまま。私は心配になって千雅へと駆け寄る。
「……大丈夫?」
 千雅の顔は険しい。でもそれを表に出さないよう、必死に抑えている気がした。
「えっと……とりあえずベンチに……っ!」

 いきなり千雅の腕が背中に回り、そっと私に触れた。
 驚いて顔を上げると、千雅は何も言わず、ただ私の肩に額を預けている。
 優しく背中に触れるその手は苦しそうに、微かに震えていた。
 
「遥、ごめん。今、家族が荒れていて。朝から色々あったんだけど、……母親が勝手に迎えにきたみたいなんだ。」
「そっか……なんか気持ち分かるよ」
 私にも経験があった。うまく表すことの出来ない、親に対するこの感情は。言葉で言うには複雑すぎる。
「遥はわかってくれると思ったよ」
 私と千雅は互いに似た環境だった。全てが一緒ではないけれど、昔もこうやって辛い時は支え合った。
「私は人が落ち着いてから帰るから大丈夫。お母さん、迎えにきてるんでしょ?行ってあげて。」
「……うん」
 振り回される辛さは私も知っている。
 でも、今はどうにもならない事も、私達はよく知っている。
「でも遥、夜も遅いから……誰か迎えに来られたり」

「遥」

 聞き覚えのある声。千雅が私の後ろを見つめていた。
 
「え!朔?!」
「用が片付いたから、とりあえず来てみたんだが」
「あっメッセージ!返信できてなくてごめん!」
「大丈夫だ」
 朔はメッセージを私に送った後、そのまま会場へと向かってくれていた。
 花火には間に合わなかったが、朔に会えて気持ちがホッと落ち着いた気がした。
 
「朔」

 千雅が朔を呼ぶのを私は初めて聞いた。真剣な顔で朔にそのまま話し続ける。

「遥を家まで送って欲しい」

 彼は朔に視線を合わせたまま。いつもと違う千雅の様子に気付いたのか、朔は千雅に目を合わせ「わかった」と頷いた。
 安心した様子で千雅は私から離れていく。
 
「遥、また連絡するね。送ってあげられなくて本当にごめん。」
 そう言い残し、千雅は振り返らずに人混みの中へと消えていった。