『恋愛ってなんですか?』

 映画が終わり、余韻に包まれたままロビーで少し寛ぐ。
 めちゃくちゃよかった。想像以上によかった。
 最後なんかもうダメだと思ったのに、ちゃんとみんなが戻ってくる流れなんか泣きそうだった。由乃達や葵も余韻に浸っているのか、グッズやパンフレットを買いに売店をのぞいている。
 私も見に行こうかなーなんて考えていると、朔がお手洗いから戻ってきた。
「おかえり」
「あぁ」
「映画、めっちゃよかったねー」
「……そうだな」
「最後のみんなが帰ってくるとこ!特によかった。朔はどこがよかった?」
「どこ……」
 朔は頭の中の記憶を探るように、一点を見つめながら、少し気まずそうに言葉を探しているようだった。
 朔の好みとは少し違ったのかもしれない。
「朔、微妙だった?」
 興味ないのに、私達の趣味に付き合わせてしまったかなと、申し訳ない気持ちになる。
 それが伝わったのか、朔は焦って訂正してきた。
「いや……っ違う。そういうわけじゃなくて……。」

 何かを言いづらそうに、目を泳がせる朔。
 私が何かしてしまったのかもしれない。でも、何をしちゃったんだろう……。自分にはわからなかった。
 すると、朔は覚悟を決めたように話す。
「ただ映画より遥の反応のが面白くて……ところどころ遥ばかり見てしまったからどこのシーンが好きだったかと聞かれると覚えてなくて……」

 朔の耳が林檎みたいに赤く染まっていた。
 表情は変わらないのに、耳だけ赤い。
(……あれ?つまり、私を見て映画に集中出来なかったってことだよね?)
「っ!」
 自分の熱が上がるのを感じる。
 私ばかり見てたって、どうして?!いや、それより。
「私変な顔してなかった!?!?!」
 
 どうしよう、ブサイクな顔とかそこら辺で草食べてるヤギみたいな顔しちゃってたらどうしよう!
「ヤギみたいなって……どんな顔だよ」
 朔は「あはは!」と、声を出して笑った。
 こんな朔、初めて見たかも。胸の奥がキュンッと握られるようだ。
 ……キュン?

「はー、笑った。そんな顔全然してなかったから安心しろ。」
 朔と目が合う。

「可愛かった」

 そう言う朔の顔はいたずらっ子に見えて。
 胸の奥の高鳴りと恥ずかしさに、この場から逃げ出したくなったのだった。

 ――――――――――――――――――――

「いやー今日は遊んだね!」
「楽しかったねぇ〜」
「特にゲーセンでのエアホッケーは盛り上がったよなー!」
「遥、エアホッケーのパック打つたびに吹っ飛んでたな。」
「やめて朔。掘り返さないで。」
 運動は得意じゃない、触れないでほしい。
 今日を振り返りながら、夕日が綺麗な堤防沿いを眺め、ゆっくりと歩く。
 夕日に照らされて、五人の影が長く堤防に伸びていた。
 途中、葵が写真を撮りたいと急に言い出す。

「なんか夕日をバックにみんなで手を繋いでジャンプするやつ!やってみたかったんだよねー!」
「おーいいじゃん!」
「じゃあここで撮ろうかぁー」
 由乃と拓真も乗る気で撮ろう撮ろうと準備をし始める。
 スマートフォンを立て掛け、夕日をバックに葵・拓真・由乃・朔・私と並び、手を繋ぐ。
 朔と自分の指が絡み合い、手のひらが重なる。
 ……あれ?手ってこうやって繋ぐんだっけ?
(自然とこの繋ぎ方をしたけど、これ恋人繋ぎってやつでは……?)
 正しい手のつなぎ方が分からなくなり、悩む。
 やっぱり違うかも、と思い指を離して手を握り直す。
 朔の指が一瞬だけ、名残惜しそうに動いた気がした。
 朔のその動きはただの反射だったのか、意識したものなのか。わからない。でも、なんだか恥ずかしくて朔の顔が見られない。

「よし!じゃあ撮るよー!せーのっ!」

 一斉にジャンプをする。
 ――カシャッ――
 葵は足早に写真が上手く撮れているか確認する。
「あー惜しい!もう一回!」

 何度もジャンプと撮影を繰り返す。
 ……正直もう限界だ。ジャンプしんどい……。
 青春って体力も必要なんだな、と心の底から思った。
 
 ――――――――――――――――――――
 
 楽しかったお出かけも終わり、日常がまた帰ってくる。
 教室はテスト期間中とは空気を変え、クラスメイト達が賑やかに話し込んでいた。
 テスト勉強三昧だった日々は一旦終わり、次は体育祭。
 体育祭……私の1番苦手なイベントだ。

「はぁ……」
 考えるだけで気分が落ち込む。
「どうした?」
 隣で机に溶けるように落ち込む私を心配してか、朔がこちらを覗き込む。
「体育祭……私、運動できないから……」
「あぁ、エアホッケーでさえ苦戦してたもんな。」
「掘り返さないで……」
 もうエアホッケーなんて二度としない。
 エアホッケー側だって、こんなパックを宙に飛ばしまくる人間、お断りだろう。

「遥は勉強ができるから!」
「はるちゃん元気出してぇっ」
「そうだよ!ファイトだはるちゃん!」
「『そんなことないよ』とは誰もフォローしてくれないんだ?」
 いつの間にか側に来ていた三人は、ニコニコと笑って誤魔化す。
 それ、誤魔化せてない。肯定してるから。
 不貞腐れていると、いつにも増して元気そうな葵が目に入った。

「……葵はなんか生き生きしてるよね」
「ん?そう?まぁ運動は私の専門分野だからねー」
「その運動神経、私に少し頂戴……」
「じゃあ学力頂戴」
 まともな取引だった、できないけど。朝の予鈴が校内に響き渡る。
 それを合図にみんなが席に座ると、少し遅れて前方の扉から先生が今日も怠そうに教室に入る。
 
「おー朝礼始めんぞー」
「起立、礼。 おはようございますー」
 クラス一同、いつも通り朝の挨拶をして1日を始める。
「おう、じゃあ今日は転校生が来てるから」

 重大発表にクラスがざわつく。
 みんな声は小さくしているのに、言ってることはちゃんと分かる。
「転校生だって!」
「男かな女かな?」
「俺は可愛い女の子希望」
 転校生の予想でみんな盛り上がり始める。
 先生は言葉を続ける。
「まぁ、落ち着けお前ら。……よし、そんな大きな期待を受けながら頑張れ転校生。」

 ――ガラッ
 そう言われて教室に入ってきた転校生は、淡いグレーの髪に少し長めで柔らかく流れる前髪。涼しげな目元でありながら、少し可愛さも残っていて。
 青年はそのまま教壇横まで進み、クラス全体を見る。

「住田千雅です。本当は始業式には転校して来る予定でしたが、親の仕事の都合で今日になりました。よろしくお願いします。」
 
 おぉ……。
 朔といい勝負になりそうな、綺麗な顔だった。新しい雰囲気のイケメンに、クラスの女子達の興奮が空気でわかる。
「はい、よろしくー。じゃあ住田は夏川の後ろな。窓から2番目の列、1番後ろの空いてる席だ。」
「分かりました。」
「あと、わかんないことあったらそこに委員長いるから。佐藤な。それでもわかんなかったら、その隣に居る副委員長の佐伯に聞け。」
 いや、私が分からなかったら朔もわかんないでしょう。
 めんどくさいことは全て委員長副委員長という肩書きへ押し付ける先生に、ツッコミが止まらない。

 住田くんは「わかりました」と自分の席へ向かう。
 途中、目が合ったような、そんな気がした。
 何故か住田くんは驚いた様子。その反応に疑問を感じる。住田くんは何も言わず、その場を通り過ぎる。
「?」
 (私なんかやった……?)
 その疑問が解決したのは、次の休み時間だった。
 ー……

「やっぱり、遥だよね?」
 休み時間になった途端、急に転校生の住田くんに話しかけられた。
 ……こんな綺麗な顔した知り合いは朔くらいなんですが。こんな綺麗な人たちがあちこちにいたら、一般男子は自信を失うだろう。住田くんの質問に、昔から今まで記憶の中を一生懸命探るが思い出せない。

「今は住田だけど前の苗字は大川。大川千雅」
 大川?聞き覚えのある名前だった。大川……もしかして。

「千雅!?あの前髪長過ぎて目が見えてるのか分かんなかった千雅!?」
「どういう覚え方してるの?」

 無邪気に、でも何か昔とは違う雰囲気の千雅は、私の反応を見て嬉しそうに笑っていた。