実家のリビングは、相変わらず隙のない静けさに満ちていた。
磨き上げられた調度品、温度まで計算された紅茶の香り。どこを切り取っても東城家らしさが滲んでいる。
――息が詰まるほど、整いすぎているのだ。
先週末、自宅マンションで帆奈美と過ごした気やすさはどこを探してもない。あるのは少しの乱れも許されない空気と、息を潜めるような静寂だけだ。
両親と向かい合って座るリビングで、無意識に指先に視線が向く。あのとき繋いだ手の感触が、まだ残っている気がした。
水族館の青い光の中で、ぎこちなく絡めた指。些細なことで笑って、すぐに照れて視線を逸らした表情。体を重ねたときに、名前を呼ばれて跳ねた鼓動。どれも、ここにはないものばかりだ。
整いすぎたこの空間では、ああいう曖昧で温度のある時間は生まれない。
(……らしくないな)
自嘲気味に思う。これまでなら、こういう場所のほうが落ち着いたはずだ。
余計な感情も予測不能なやり取りがない、すべてが予定通りに進む毎日。
そのはずなのに、ふとした拍子に思い出すのは決まって彼女のことだった。
計算外の言葉を投げてきて、予定外の反応を見せて、気づけばこちらのペースを崩してくる。それが、不思議と心地いい。
静まり返った応接間の空気の中で、宏臣はわずかに口元を緩めた。この家にはないものを、あの短い時間でたしかに手に入れてしまったのだと実感する。



