花売り令嬢の身請け~公爵様は一目惚れに抗えない~

街行く人を眺める。

どの人に声をかけようか……なるべく、優しい人がいい。
昨日は誰にも声をかけることができず、怒られてしまった。

エリーゼ・フォンテーヌは、籠いっぱいの花を抱えて石畳の路地に立っていた。
夕暮れ時。社交界から帰る馬車が行き交う、王都の繁華街だ。
こんなはずじゃなかった……

三ヶ月前まで、彼女は伯爵家の令嬢だった。
質素ながらも幸せな日々。
父は優しく、亡き母が愛した庭園で花を育てるのが彼女の楽しみだった。
すべてが変わったのは、父が『聖ミカエラ教会』の勧誘を受けた日からだ。

「困っている孤児たちのために」
「神の御心に適う行い」

――甘言に乗せられ、父は全財産を寄付した。
いや、寄付させられた。
気づいた時には莫大な借金が残り、フォンテーヌ家は破産。
父は行方不明になった。

そして借金の担保として、エリーゼは教会に引き取られた。

教会とは名ばかり。
そこは貴族の令嬢を鴨にして、娘たちを借金の形に奪い、売春させる組織だった。

「お花はいかがですか……」

か細い声で呼びかけても、誰も振り向かない。
いや、振り向いても目を逸らされる。
この界隈で花を売る娘が何を意味するか、誰もが知っているからだ。

二日目の今日、エリーゼは一輪も売れなかった。
いや、正確には誰にも『買って』もらえなかった。
日が沈み、街灯に火が灯る。

明日も、明後日も、ずっとこうなのだろうか……
絶望が胸を締め付け、息がうまく吸えなくなる。

「ありがとう。また来るよ」

目の前の酒場から出てきた男性。
着ている服から、身分の高そうな貴族に見えた。
爽やかな声、何より優しげな表情。
彼なら……酷いことをされないかもしれない。

勇気を振り絞って、声をかけてみる。

「あの、お花はいかが、ですか……」

青年が足を止めてくれる。
エリーゼは息を呑んだ。

「君は……花売り?君みたいな綺麗な子が?」

深い藍色の瞳。整った顔立ち。
仕立ての良い漆黒の外套。
そして何より、彼女を見る目に浮かんだ――驚きと、何か強い感情。

エリーゼの頬が熱くなる。
こんな状況で、こんな言葉をかけられるなんて。

「あ、あの!昨日も誰にも買ってもらえなくて、怒られてしまって!」
「……落ち着いて。君の雇い主はどこにいるの?」
「え……?えっと、あっちに……」
「そうか。ここでちょっと待ってて」

そう言い残して、彼は歩いて行ってしまう。
どれくらい時間が経っただろう。
騙されたのかもしれない。

深いため息をつきながら、次に声をかける相手を探そうと、辺りを見渡すと、ぐいっと肩を抱かれる。

「あ……さっきの」
「さぁ、行こう。馬車を待たせている」
「え?え?」

わけもわからず馬車に乗せられると、彼は話し始める。

「僕はレオナール・ヴァンベール。君の名前を教えてくれないか」

ヴァンベール――公爵家の名だ。

「エリーゼ、です。エリーゼ・フォンテーヌ……」
「エリーゼ」
「あの、どこの宿屋に向かっているんでしょうか?」

エリーゼを買ってくれたということはそういうことだ。
目の前の男性の相手をしなければならない。

「あまり遠くに行くと、戻るのが……」
「あぁ、戻る必要はないよ。僕が身請けしたからね」
「身請け……?」

どれくらい馬車に乗っていただろう。
目の前に広がるお邸に息を飲む。

「ここ……」
「ヴァンベール公爵邸だ」

レオナールが案内したのは、使用人部屋ではなく、客室だった。
広く、清潔で、大きな窓からは庭園が見える。

「ここが君の部屋だ」
「でも、身請けということは、私は使用人として……?」
「使用人?君に仕事なんてさせないよ」

そう言いながら、頬に手が伸びてくる。
エリーゼを見つめるレオナールの瞳に、熱が宿る。

「そうだな。仕事というなら、してもらおうかな。君は――花売りだ」

レオナールの言葉の意味が遅れて胸に落ち、喉がひゅっと鳴った。
触れられるまま抱きしめられ、ベッドに押し倒される。
震えを隠すように目を閉じ、求められるまま身体を委ねた。