夕暮れ時の放課後。
オレンジ色の光が長く伸びる校舎の裏庭は、いつもなら私が湊と一緒に帰るために待ち合わせる、お決まりの場所だった。
けれど、今の私は、太い桜の木の幹の影に身を潜めるようにして、じっと息を殺している。
視線の先には、二つの影。
幼馴染の湊と、その隣で少し照れたように俯く、彼の『彼女』――美羽の姿があった。
「あ、リップついちゃったかも」
「えっ、マジで? どこ?」
美羽の少し悪戯っぽい声に、湊が慌てて顔を近づける。その距離が、ほんの数センチに縮まったとき。
悪戯の仕返しとばかりに、湊が美羽の唇に、そっと自分の唇を重ねた。
夕日に照らされた二人のシルエットが、綺麗に重なる。
映画のワンシーンのように美しいその光景が、私の瞳に、残酷なほどの鮮明さで焼き付いた。
……あぁ、そっか。
心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ね上がる。視界が急にじわリと滲んで、夕暮れの赤がめちゃくちゃに混ざり合った。
胸の奥が、ちぎれそうなくらい痛い。
これまで経験したことのない、息もできないほどの苦しさが陽菜を襲う。
ずっと、一番近くにいた。
湊が部活でヒーローになったときも、テストで赤点を取って落ち込んでいたときも、隣で笑ったり呆れたりしていたのは、全部自分だった。
『幼馴染』という特等席に、私は甘えきっていたのだ。
湊に彼女ができる、その瞬間までは。
「陽菜、俺、美羽と付き合うことになったわ」
数日前、少し照れくさそうに、でも本当に嬉しそうに報告してきた湊の顔がフラッシュバックする。
あの時、心臓に冷たい楔が打ち込まれたような衝撃が走った。おめでとう、と引き攣った笑顔で返すのが精一杯だった。
離れてみて、奪われてみて、初めて気づくなんて、馬鹿みたいだ。
私は、湊のことが好きだったんだ。
ただの幼馴染なんかじゃなくて、一人の男の子として、ずっと――。
「じゃあ、また明日ね、湊くん」
「おう。気をつけて帰れよ」
離れていく美羽の足音と、一人残った湊の気配。
今、木の影から一歩踏み出して「湊」と呼べば、彼はいつものように「おう、陽菜。待たせたな」と笑ってくれるかもしれない。
でも、その笑顔はもう、自分だけのものじゃない。
湊の心の一番深い場所には、もう別の女の子が日常を作っている。
遅すぎたんだ、私――。今更気づいても意味ないのに……。
私は、声にならない悲鳴を胸の奥に閉じ込めるように、ぎゅっと自分の制服の胸元を掴んだ。
溢れそうになる涙を必死にこらえながら、湊に気づかれないよう、静かに、静かにその場から後ずさりした。
オレンジ色の光が長く伸びる校舎の裏庭は、いつもなら私が湊と一緒に帰るために待ち合わせる、お決まりの場所だった。
けれど、今の私は、太い桜の木の幹の影に身を潜めるようにして、じっと息を殺している。
視線の先には、二つの影。
幼馴染の湊と、その隣で少し照れたように俯く、彼の『彼女』――美羽の姿があった。
「あ、リップついちゃったかも」
「えっ、マジで? どこ?」
美羽の少し悪戯っぽい声に、湊が慌てて顔を近づける。その距離が、ほんの数センチに縮まったとき。
悪戯の仕返しとばかりに、湊が美羽の唇に、そっと自分の唇を重ねた。
夕日に照らされた二人のシルエットが、綺麗に重なる。
映画のワンシーンのように美しいその光景が、私の瞳に、残酷なほどの鮮明さで焼き付いた。
……あぁ、そっか。
心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ね上がる。視界が急にじわリと滲んで、夕暮れの赤がめちゃくちゃに混ざり合った。
胸の奥が、ちぎれそうなくらい痛い。
これまで経験したことのない、息もできないほどの苦しさが陽菜を襲う。
ずっと、一番近くにいた。
湊が部活でヒーローになったときも、テストで赤点を取って落ち込んでいたときも、隣で笑ったり呆れたりしていたのは、全部自分だった。
『幼馴染』という特等席に、私は甘えきっていたのだ。
湊に彼女ができる、その瞬間までは。
「陽菜、俺、美羽と付き合うことになったわ」
数日前、少し照れくさそうに、でも本当に嬉しそうに報告してきた湊の顔がフラッシュバックする。
あの時、心臓に冷たい楔が打ち込まれたような衝撃が走った。おめでとう、と引き攣った笑顔で返すのが精一杯だった。
離れてみて、奪われてみて、初めて気づくなんて、馬鹿みたいだ。
私は、湊のことが好きだったんだ。
ただの幼馴染なんかじゃなくて、一人の男の子として、ずっと――。
「じゃあ、また明日ね、湊くん」
「おう。気をつけて帰れよ」
離れていく美羽の足音と、一人残った湊の気配。
今、木の影から一歩踏み出して「湊」と呼べば、彼はいつものように「おう、陽菜。待たせたな」と笑ってくれるかもしれない。
でも、その笑顔はもう、自分だけのものじゃない。
湊の心の一番深い場所には、もう別の女の子が日常を作っている。
遅すぎたんだ、私――。今更気づいても意味ないのに……。
私は、声にならない悲鳴を胸の奥に閉じ込めるように、ぎゅっと自分の制服の胸元を掴んだ。
溢れそうになる涙を必死にこらえながら、湊に気づかれないよう、静かに、静かにその場から後ずさりした。



