二人は並んで、いつもの坂道を下っていく。
オレンジ色の光が、二人の影をアスファルトに長く伸ばしていた。
以前なら、今日の出来事をとりとめもなく話し合っていたはずだった。
けれど今の会話の中心には、いつも「美羽」の名前があった。
「美羽がさ、今度の日曜に映画行きたいって言うんだけど」
「美羽ちゃん、恋愛映画が好きって言ってたもんね」
「男一人じゃ入りづらいから、陽菜も誘っていい?って言ったら怒られてさ」
湊は苦笑いしながら、困ったように髪をくしゃくしゃにした。
「当たり前でしょ。デートに幼馴染連れてくバカがどこにいるの」
私は冗談めかして言った。口の端が引きつらないように気をつけながら。
「だよな。美羽に『二人きりがいい』って言われて、なんかドキッとしたわ」
湊はどこか嬉しそうに、遠くの空を見つめてつぶやいた。
その横顔は、私が今まで見たこともないほど優しく、そして遠かった。
あぁ、そうなんだ。
湊はもう、私の知らない世界で、誰かの恋人として生きている。
私の入る隙間なんて、最初から一ミリも残されていないんだ。
突然、一陣の強い風が吹き抜け、街路樹の葉が激しく揺れた。
私の目に、小さなゴミが入る。
「いたっ……」
私は思わず立ち止まり、両手で目を押さえた。
「おい、大丈夫か? 見せてみろ」
湊がすぐに振り返り、私の前に回り込んで屈み込んだ。
「大丈夫、すぐ治るから……」
「いいから、手退けろって」
湊の手が、私の細い手首を優しく掴んで引き離した。
顔が、すぐ目の前にあった。
湊のまっすぐな瞳が、私の瞳を覗き込んでいる。
真剣な眼差し、少し荒い呼吸、湊独特の石鹸の匂い。
私の心臓が、ドクン、と大きな音を立てて跳ね上がった。
それは、幼馴染に向ける親愛の鼓動では、決してなかった。
全身の血液が沸騰したように熱くなり、耳の奥で激しい音がする。
「…ゴミ、取れたか? 赤くなってるぞ」
湊の指先が、私の目元に優しく触れた。
その指の温かさに触れた瞬間、私の頭の中で何かが弾けた。
あぁ、私――。
私は、湊のことが好きなんだ。
幼馴染としてじゃなく、一人の男の人として。
ずっと、ずっと前から、私は湊に恋をしていたんだ。
気づいてしまった。
気づきたくなかった、最悪で、最高の真実。
美羽の彼氏である湊を、私はどうしようもないほど愛している。
視界が急に涙で滲んでいく。ゴミのせいなんかじゃない。
「陽菜? まだ痛むか? 病院行くか?」
心配そうに顔を歪める湊。その優しさが、今は何よりも残酷だった。
この優しさは、幼馴染としての義務でしかない。
彼の特別な優しさは、もう全て美羽のものなのだから。
「ううん、もう大丈夫。風が強かっただけ」
私は無理やり笑顔を作り、湊の手を優しく振り払った。
溢れそうになる涙を必死で堪えながら、一歩後ろに下がる。
この一歩の距離が、二人の今の、そしてこれからの距離。
「そうか? なら良かったけど。無理すんなよ」
湊は安心したように笑い、また前を向いて歩き出した。
私はその広い背中を見つめながら、静かに後に従った。
夕日は沈みかけ、街に夜の帳が下りようとしている。
私の初恋は、始まった瞬間に、もう失恋に変わっていた。
それでも、目の前を歩く湊の背中から、目を逸らすことはできなかった。
オレンジ色の光が、二人の影をアスファルトに長く伸ばしていた。
以前なら、今日の出来事をとりとめもなく話し合っていたはずだった。
けれど今の会話の中心には、いつも「美羽」の名前があった。
「美羽がさ、今度の日曜に映画行きたいって言うんだけど」
「美羽ちゃん、恋愛映画が好きって言ってたもんね」
「男一人じゃ入りづらいから、陽菜も誘っていい?って言ったら怒られてさ」
湊は苦笑いしながら、困ったように髪をくしゃくしゃにした。
「当たり前でしょ。デートに幼馴染連れてくバカがどこにいるの」
私は冗談めかして言った。口の端が引きつらないように気をつけながら。
「だよな。美羽に『二人きりがいい』って言われて、なんかドキッとしたわ」
湊はどこか嬉しそうに、遠くの空を見つめてつぶやいた。
その横顔は、私が今まで見たこともないほど優しく、そして遠かった。
あぁ、そうなんだ。
湊はもう、私の知らない世界で、誰かの恋人として生きている。
私の入る隙間なんて、最初から一ミリも残されていないんだ。
突然、一陣の強い風が吹き抜け、街路樹の葉が激しく揺れた。
私の目に、小さなゴミが入る。
「いたっ……」
私は思わず立ち止まり、両手で目を押さえた。
「おい、大丈夫か? 見せてみろ」
湊がすぐに振り返り、私の前に回り込んで屈み込んだ。
「大丈夫、すぐ治るから……」
「いいから、手退けろって」
湊の手が、私の細い手首を優しく掴んで引き離した。
顔が、すぐ目の前にあった。
湊のまっすぐな瞳が、私の瞳を覗き込んでいる。
真剣な眼差し、少し荒い呼吸、湊独特の石鹸の匂い。
私の心臓が、ドクン、と大きな音を立てて跳ね上がった。
それは、幼馴染に向ける親愛の鼓動では、決してなかった。
全身の血液が沸騰したように熱くなり、耳の奥で激しい音がする。
「…ゴミ、取れたか? 赤くなってるぞ」
湊の指先が、私の目元に優しく触れた。
その指の温かさに触れた瞬間、私の頭の中で何かが弾けた。
あぁ、私――。
私は、湊のことが好きなんだ。
幼馴染としてじゃなく、一人の男の人として。
ずっと、ずっと前から、私は湊に恋をしていたんだ。
気づいてしまった。
気づきたくなかった、最悪で、最高の真実。
美羽の彼氏である湊を、私はどうしようもないほど愛している。
視界が急に涙で滲んでいく。ゴミのせいなんかじゃない。
「陽菜? まだ痛むか? 病院行くか?」
心配そうに顔を歪める湊。その優しさが、今は何よりも残酷だった。
この優しさは、幼馴染としての義務でしかない。
彼の特別な優しさは、もう全て美羽のものなのだから。
「ううん、もう大丈夫。風が強かっただけ」
私は無理やり笑顔を作り、湊の手を優しく振り払った。
溢れそうになる涙を必死で堪えながら、一歩後ろに下がる。
この一歩の距離が、二人の今の、そしてこれからの距離。
「そうか? なら良かったけど。無理すんなよ」
湊は安心したように笑い、また前を向いて歩き出した。
私はその広い背中を見つめながら、静かに後に従った。
夕日は沈みかけ、街に夜の帳が下りようとしている。
私の初恋は、始まった瞬間に、もう失恋に変わっていた。
それでも、目の前を歩く湊の背中から、目を逸らすことはできなかった。



