幼馴染に彼女ができたとき、私は貴方が好きだと気づいた。

屋上の扉が、ガタリと音を立てて開く。
夕陽とは違う、昼休みの眩しい太陽の光が、私たちの影をコンクリートの床にクッキリと落とした。
「陽菜……!」
私に気づいた湊が、ハッとして葵さんの手首をパッと離した。
その目は、さっきまで葵さんに向けていた氷のような冷たさとは打って変わって、まるで捨てられた子犬のように不安げに揺れている。
私の顔色を必死に伺っているのが、痛いほど伝わってきた。
「陽菜ちゃん……」
手首を押さえながら振り返った葵さんの顔は、プライドをズタズタに引き裂かれて、ひどく惨めに歪んでいた。
でも、その瞳の奥には、まだ私に対する激しい嫉妬の炎が燻っているのが見える。
私は二人の前に、ゆっくりと歩み進めた。
さっきまで胸を支配していたドロドロした気持ちは、もうどこにもない。
渡り廊下で美羽が言ってくれた言葉が、私の背中を強く、強く押してくれていたから。
「一ノ瀬さん」
私は真っ直ぐに葵さんの目を見つめた。
「湊の言う通りだよ。今の湊の『特別』は、私なの。……ごめんね。一ノ瀬さんがどれだけ昔の思い出を話してくれても、今の湊は私しか見てないし、私も湊しか見てないから。何も揺らがないよ」
「……っ、何よそれ……!」
葵さんが悔しそうに奥歯を噛み締める。
「それにね、嘘までついてマウント取らなきゃいけないなんて、一ノ瀬さん、すごく寂しい人なんだね」
私の言葉に、葵さんの息が止まった。
「私、一瞬でも一ノ瀬さんのことを羨ましいって思っちゃった自分がバカみたい。……もう、私の前で湊の元カノのフリをするのはやめて。今の湊の彼女は私。それだけは、絶対に譲らないから」
一文字ずつ、はっきりと宣言する。
ただの幼馴染だった私は、もうどこにもいない。大好きな人の隣を誰にも渡さないと決めた、一人の「彼女」としての覚悟だった。
「……、……!」
葵さんは何かを言い返そうと口を動かしたけれど、言葉にならなかった。
私の後ろで、一歩も退く気のない冷徹な目をしている湊の視線に気づいたのだろう。
彼女はガタガタと震える手で自分のお弁当箱を掴み、
「……最低。二人とも大嫌い!」
と叫び、泣きながら屋上を飛び出していった。
バタン、と重い鉄の扉が閉まり、屋上には再び静寂が戻る。
「……陽菜」
後ろから、少し掠れた声で名前を呼ばれた。
振り返るよりも早く、私の体は、大きな、少し汗の匂いのする腕の中にすっぽりと包み込まれていた。
「湊……?」
「……ビビった。お前に愛想尽かされたかと思って、本気で死ぬかと思った……」
湊は私の肩口に深く顔を埋めて、ギュッと私を抱きしめる。
その腕の強さに、彼がどれだけ焦っていたかが伝わってきて、胸の奥がキュンと愛おしさで跳ねた。
「愛想尽かすわけないじゃん。……でも、一つだけ怒っていい?」
「……おう、何でも聞く」
「私に内緒で、ビジネスでも女子と付き合ってたこと!」
「……うぐっ、それは本当にごめん。当時の俺を殴り飛ばしたい」
本当に申し訳なさそうに身を縮める湊の姿に、私は思わずぷっと吹き出してしまった。
「まぁ、いいよ。さっき、私のためにあんなに怒ってくれたし。……それに、『過去も現在も未来も、特別なのは陽菜だけ』って言ってくれたの、すっごく嬉しかった」
「……っ!」
私の胸に顔を埋めたまま、湊の耳がみるみるうちに真っ赤になっていく。
「……聞いてたのかよ」
「バッチリ聞こえましたー」
「……クソ、恥ずかしすぎる……。でも、嘘じゃねぇから。俺にはお前しかいねぇよ」
繋いだ手から伝わる、トクン、トクンという二人の鼓動。
美羽の嘘を乗り越え、葵の過去を断ち切った。
どんな影が近づいてきても、今の私たちなら、もう迷わずに手を繋ぎ直せる。
学校のチャイムが遠くで鳴り響く。
私たちは顔を見合わせて笑い、今度こそ二人で、いつもの教室へと歩き出した。