幼馴染に彼女ができたとき、私は貴方が好きだと気づいた。

葵さんの口から次々と飛び出す、私の知らない湊の過去。
お揃いのミサンガ、部活でのやり取り……。
全部が本物だからこそ、美羽のときとは比べものにならないくらいの重い塊が、私の胸の奥にずっしりと居座っていた。
「……ちょっと、購買で飲み物買って来る」
これ以上ここにいたら、泣き顔を見せてしまいそうだった。
私はお弁当を片付けると、二人の返事も待たずに、逃げるように屋上を飛び出した。
「おい、陽菜! 待てって!」
後ろから湊の声が聞こえたけれど、足を止めることはできなかった。
階段を駆け下り、人気のない渡り廊下まで来たところで、ようやく壁に背中を預けてため息をついた。
見上げれば、青い空がやけに眩しい。
「信じる」って決めたのに。湊の気持ちは私にしかないって分かっているのに、どうしてこんなに苦しくて、自分がちっぽけに思えてしまうんだろう。
「……やっぱり、そんな顔してる」
不意に、横から声がした。
ハッと前を向くと、そこには壁に寄りかかって腕を組んでいる美羽がいた。
いつからそこにいたのか、美羽は相変わらず完璧な制服姿で、どこか呆れたような目を私に向けている。
「美羽……」
「新入りの一ノ瀬さんだっけ? あの人、私の席の近くでわざわざ聞こえるように『湊くんがさ〜』ってあんたへの当てつけみたいに話してて、マジで胸クソ悪いんだけど」
美羽はフン、と鼻を鳴らした。
「美羽には、関係ないじゃん……」
「関係大あり。私がどれだけ苦労してあんたたちの背中を押したと思ってんの? あんたがそんな情けない顔して元カノに怯えてたら、私のあの涙が全部無駄になるじゃん」
美羽の厳しい、だけどまっすぐな言葉が、私の心にじわりと染み込んでいく。
美羽は、自分の恋にケジメをつけて、私の背中を押してくれた。
その美羽の覚悟を、私がこんなところで無駄にしていいわけがない。
「一ノ瀬さん、作戦がクラシックっていうか、あからさまにマウント取ってきててウケるよね。あんなの、湊くんが一番嫌うタイプなのに」
美羽はそう言うと、私の目の前に歩み寄って、私の両肩をぽんと叩いた。
「いい? 陽菜ちゃん。今の湊くんの『特別』は、あんたなの。過去の男にかまってあげる暇なんて、今の湊くんには一秒もないんだから。……しっかりしなよ、私の親友」
「……美羽」
胸の奥のモヤモヤが、美羽の言葉でみるみるうちに溶けていくのが分かった。
そうだ。私は、湊の彼女なんだ。過去を羨んで縮こまっている場合じゃない。
「うん。……ありがとう、美羽!」
私が笑顔を取り戻すと、美羽は「よし」と満足そうに頷いて、「じゃ、私はお昼寝の続きに行くから」と手を振って去っていった。
一人残された私は、深く息を吸い込んで、もう一度屋上へ向かう階段を見上げた。
逃げてちゃダメだ。ちゃんと、私の大好きな人の隣に戻ろう。
ゆっくりと階段を上り、屋上の重い鉄扉を開けた、その時だった。
「――だから、葵。お前いい加減にしろって言ってんだろ」
中から、低くて、冷徹な、湊の怒声が響いた。
扉の隙間から覗くと、そこには葵さんの手首を掴んで、冷たい目で見下ろしている湊の姿があった。
「な、何よ湊くん、痛いじゃん……! 私はただ、昔みたいに仲良くしたくて――」
「仲良くする気はねぇ。お前が陽菜に嫌がらせするためにこの学校に来たなら、俺はお前を徹底的に拒絶する」
湊の声は、これまで聞いたことがないくらい容赦がなかった。
「俺が中学のとき、お前と付き合ったのは、お前が『付き合ってくれたら部活の男子とマネージャーの仲を取り持つ』って言ったからだろ。全部ビジネスだったじゃねぇか。お揃いのミサンガ? あれ、部員全員に配った余りだろ。陽菜の前で変な嘘つくな」
「……っ!」
葵さんの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
嘘……?
じゃあ、あのエピソードも、全部葵さんが作り上げた「嘘のマウント」だったの……?
「俺にとって、過去も現在も未来も、特別なのは陽菜だけだ。二度と陽菜を傷つけるような真似するな」
湊の強い言葉が、屋上の青空に響き渡る。
私のために、ここまで怒って、はっきりと拒絶してくれている。
その姿を見た瞬間、私の胸を満たしたのは、圧倒的な愛おしさと、もう揺らぐことのない確信だった。
私は扉を押し開けて、二人の前に一歩、踏み出した。