モールからの帰り道。
湊に結んでもらった髪を何度も触りながら、私は繋いだ手の温もりを噛み締めていた。
「切れたらまた別のやつ買ってやるよ」
その言葉が頭の中でリピートされて、顔が緩みっぱなしになってしまう。
「何ニヤニヤしてんだよ、陽菜」
「ニヤニヤなんかしてないもん。嬉しかっただけ」
「……そうかよ」
湊はフイッと顔を背けたけれど、繋いだ手は離してくれない。
幸せって、こういうことを言うんだろうな。
そう思いながら、駅前のロータリーを曲がろうとした、その時だった。
「――あれ? 湊くん?」
聞き覚えのない、だけど少し高くて可愛らしい声が、斜め後ろから降ってきた。
私と湊の足が、同時にピタリと止まる。
振り返ると、そこには私たちの制服とは違う、少し大人っぽいブレザーを着た女の子が立っていた。
サラサラのセミロングの髪に、ぱっちりとした目。モデルみたいにスタイルの良い、綺麗な女の子。
「あ……」
湊の口から、小さく困惑したような声が漏れた。
その瞬間、湊の繋いだ手が、ビクッと強張る。
「やっぱり湊くんだ! え、嘘、めっちゃ久しぶりじゃん!」
その女の子は、私の存在なんてまるで目に入っていないかのように、パタパタと小走りで湊に駆け寄ってきた。
距離が、近い。
付き合う前の美羽がやっていたみたいに、自然に湊との距離を詰めていく。
「お前……なんでここに……」
「おじいちゃんの家がこっちにあってさ、今度こっちの高校に編入することになったの! すごい偶然じゃない?」
女の子は満面の笑みで、湊の顔を嬉しそうに見上げている。
私は、繋がったままの湊の手を、思わずギュッと握りしめてしまった。
なんだろう、この胸のざわつきは。
美羽のときとは違う、もっと根が深くて、冷たい嫌な予感が心臓をチクリと刺す。
「……あの、湊くん。その子は?」
女の子が、ようやく私の方に視線を向けた。
だけど、その目はちっとも笑っていなかった。私の制服を上から下まで値踏みするように眺め、最後に、私と湊の『繋がった手』に視線を落とす。
一瞬だけ、彼女の綺麗な眉がピクリと動いた。
「あぁ……こいつは陽菜。俺の、彼女だ」
湊は私の手を少し引き寄せるようにして、はっきりとそう言った。
学校の奴らに「彼女だ」って言うのとは、どこか違う重みがある。
まるで、自分に言い聞かせるような、あるいはその女の子を警戒するような、そんなトーン。
「へぇ……彼女、さん」
女の子は、私に向かってにっこりと完璧な笑顔を向けた。
「初めまして、陽菜ちゃん。私、一ノ瀬葵って言います。湊くんとはね――中学のとき、付き合ってたんだ」
――え?
頭の中が、一瞬で真っ白になった。
中学のとき。
湊が急に大人びて見えて、女子からの告白を「興味ねぇ」って全部断っていた、あの交換日記みたいな日々。
私は「幼馴染だから特別」だと安心していたけれど……。
私の知らないところで、湊は、この人と付き合っていたの……?
「葵。お前それ、もう終わったことだろ。何わざわざ言ってんだよ」
湊の声が、明らかに低く、苛立ちを帯びる。
「えー? だって本当のことじゃん。ねぇ、湊くん、また連絡していい? 昔のグループLINE、まだ残ってるでしょ?」
葵さんはそう言って、湊のブレザーの袖をツンツンと引っ張った。
あの日、裏庭で美羽と湊のシルエットを見たときと同じ。
いや、それ以上の、息ができなくなるほどの嫉妬とショックが私を襲う。
だって美羽のときは「嘘」だったけれど、この人は、本当に湊の『元カノ』なんだから。
「じゃあね、陽菜ちゃん。また学校で見かけるかも!」
葵さんは嵐のように去っていった。
残された私と湊の間に、重苦しい沈黙が流れる。
湊は焦ったように私の方を振り返り、私の両肩を掴んだ。
「陽菜、違う! あいつとは、その、中学のとき、周りに流されて一ヶ月くらい付き合って、手を繋いだこともねぇし、すぐ別れて――」
必死に弁明する湊の声が、今の私にはうまく届かなかった。
美羽を乗り越えて、ようやく手に入れた特等席。
だけど、私の知らない湊の過去が、今度は私たちの前に、大きな壁となって立ちふさがろうとしていた。
湊に結んでもらった髪を何度も触りながら、私は繋いだ手の温もりを噛み締めていた。
「切れたらまた別のやつ買ってやるよ」
その言葉が頭の中でリピートされて、顔が緩みっぱなしになってしまう。
「何ニヤニヤしてんだよ、陽菜」
「ニヤニヤなんかしてないもん。嬉しかっただけ」
「……そうかよ」
湊はフイッと顔を背けたけれど、繋いだ手は離してくれない。
幸せって、こういうことを言うんだろうな。
そう思いながら、駅前のロータリーを曲がろうとした、その時だった。
「――あれ? 湊くん?」
聞き覚えのない、だけど少し高くて可愛らしい声が、斜め後ろから降ってきた。
私と湊の足が、同時にピタリと止まる。
振り返ると、そこには私たちの制服とは違う、少し大人っぽいブレザーを着た女の子が立っていた。
サラサラのセミロングの髪に、ぱっちりとした目。モデルみたいにスタイルの良い、綺麗な女の子。
「あ……」
湊の口から、小さく困惑したような声が漏れた。
その瞬間、湊の繋いだ手が、ビクッと強張る。
「やっぱり湊くんだ! え、嘘、めっちゃ久しぶりじゃん!」
その女の子は、私の存在なんてまるで目に入っていないかのように、パタパタと小走りで湊に駆け寄ってきた。
距離が、近い。
付き合う前の美羽がやっていたみたいに、自然に湊との距離を詰めていく。
「お前……なんでここに……」
「おじいちゃんの家がこっちにあってさ、今度こっちの高校に編入することになったの! すごい偶然じゃない?」
女の子は満面の笑みで、湊の顔を嬉しそうに見上げている。
私は、繋がったままの湊の手を、思わずギュッと握りしめてしまった。
なんだろう、この胸のざわつきは。
美羽のときとは違う、もっと根が深くて、冷たい嫌な予感が心臓をチクリと刺す。
「……あの、湊くん。その子は?」
女の子が、ようやく私の方に視線を向けた。
だけど、その目はちっとも笑っていなかった。私の制服を上から下まで値踏みするように眺め、最後に、私と湊の『繋がった手』に視線を落とす。
一瞬だけ、彼女の綺麗な眉がピクリと動いた。
「あぁ……こいつは陽菜。俺の、彼女だ」
湊は私の手を少し引き寄せるようにして、はっきりとそう言った。
学校の奴らに「彼女だ」って言うのとは、どこか違う重みがある。
まるで、自分に言い聞かせるような、あるいはその女の子を警戒するような、そんなトーン。
「へぇ……彼女、さん」
女の子は、私に向かってにっこりと完璧な笑顔を向けた。
「初めまして、陽菜ちゃん。私、一ノ瀬葵って言います。湊くんとはね――中学のとき、付き合ってたんだ」
――え?
頭の中が、一瞬で真っ白になった。
中学のとき。
湊が急に大人びて見えて、女子からの告白を「興味ねぇ」って全部断っていた、あの交換日記みたいな日々。
私は「幼馴染だから特別」だと安心していたけれど……。
私の知らないところで、湊は、この人と付き合っていたの……?
「葵。お前それ、もう終わったことだろ。何わざわざ言ってんだよ」
湊の声が、明らかに低く、苛立ちを帯びる。
「えー? だって本当のことじゃん。ねぇ、湊くん、また連絡していい? 昔のグループLINE、まだ残ってるでしょ?」
葵さんはそう言って、湊のブレザーの袖をツンツンと引っ張った。
あの日、裏庭で美羽と湊のシルエットを見たときと同じ。
いや、それ以上の、息ができなくなるほどの嫉妬とショックが私を襲う。
だって美羽のときは「嘘」だったけれど、この人は、本当に湊の『元カノ』なんだから。
「じゃあね、陽菜ちゃん。また学校で見かけるかも!」
葵さんは嵐のように去っていった。
残された私と湊の間に、重苦しい沈黙が流れる。
湊は焦ったように私の方を振り返り、私の両肩を掴んだ。
「陽菜、違う! あいつとは、その、中学のとき、周りに流されて一ヶ月くらい付き合って、手を繋いだこともねぇし、すぐ別れて――」
必死に弁明する湊の声が、今の私にはうまく届かなかった。
美羽を乗り越えて、ようやく手に入れた特等席。
だけど、私の知らない湊の過去が、今度は私たちの前に、大きな壁となって立ちふさがろうとしていた。



