幼馴染に彼女ができたとき、私は貴方が好きだと気づいた。

「……はぁ、疲れた」
放課後のチャイムが鳴った瞬間、私は机に突っ伏した。
朝の『恋人繋ぎ登校』のインパクトは凄まじく、休み時間のたびに他クラスの女子まで「本当に湊と付き合ったの!?」と野次馬に来て、一日中質問攻めにあったのだ。
当の張本人である湊は、昼休みに私の教室の後ろドアから堂々と顔を出して、「おい、陽菜。放課後、部活ねぇから駅前で待ってろ」とだけ言い残して去っていった。
周りの女子たちの「キャー!」という悲鳴混じりの冷やかしを思い出すだけで、また顔が熱くなる。
カバンをまとめて教室を出ようとした時、ふと、窓際の席に座ったままの美羽の姿が目に入った。
美羽は周りの友達と楽しそうに談笑していて、私の方を振り返ることはなかった。
本当に、彼女の恋は終わったんだ。
チクリとした痛みの代わりに、心の中で「ありがとう」と小さく呟いて、私は教室を後にした。

駅前の集合場所。
校門を出てからずっと早歩きで来たから、約束の時間の十分前には着いてしまった。
「……あ」
見慣れた街路樹の横に、すでに湊の後ろ姿があった。
いつもならスマホをいじりながら気だるそうに待っているはずなのに、今日の湊はそわそわと落ち着かない様子で、何度もロータリーの方を見回している。
「湊!」
駆け寄ると、湊はビクッと肩を揺らして振り返った。
「お、おう。早かったな」
「湊こそ。十分前行動なんて珍しいじゃん」
「……お前が待つだろ。男を待たせるわけにいかねぇし」
ぶっきらぼうに視線を逸らす湊。
その耳がやっぱり少し赤い。付き合ってからというもの、湊のこういう「初心(うぶ)なところ」がよく見えるようになって、そのたびに心臓がうるさくなる。
「で……、今日はどこ行くの?」
「行くって……決まってんだろ。デートだよ、デート」
デート。
その単語が湊の口から出た瞬間、ただの駅前が急に特別な場所に思えてくる。
「とりあえず、服とか見たいって言ってたろ。あっちのモール行くぞ」
「うん!」
湊が自然な動作で、私の左手をそっと包み込む。
朝の学校ではあんなに強引に繋いできたのに、今は少しだけ優しく、確かめるように握られている。
ショッピングモールに入ると、涼しい風と賑やかなBGMが私たちを迎えた。
以前、美羽のプレゼント(という名の作戦)を選びに来たときは、一歩歩くたびに胸が潰れそうだった。だけど今は、隣にいる湊の横顔を真っ直ぐに見つめることができる。
「なぁ、陽菜。これ、お前に似合いそうじゃね?」
湊が立ち止まったのは、ガラス張りの雑貨屋さん。
彼が指差したのは、小さな花のモチーフがついた、パステルカラーのヘアゴムだった。
「可愛い……。でも、湊がこういうの選ぶの、なんか意外」
「あ? 悪かったな、男一人でこういう店入るの死ぬほど緊張すんだよ。……でも、お前、髪結ぶこと多いだろ。だから、その……見てたら欲しくなって」
自分の頭をガシガシと掻きながら、顔を真っ赤にして本音を白状する彼氏。
……あぁ、もう、本当にバカ。
どうしてそんなに愛おしいことばかり言うの。
「買って、くれるの?」
上目遣いで覗き込むと、湊は完全にノックアウトされたように口元を押さえた。
「……おう。買ってやるよ、何でも。だからそんな顔すんな」
会計を済ませ、お店を出てすぐに、湊は「ほら、貸せ」と言って私の手からヘアゴムを取った。
不器用な大きな手で、私の髪を優しく後ろで一つにまとめていく。
髪の隙間から、湊の独特の石鹸の匂いがふわりと香った。
「……よし。やっぱり似合うわ」
満足そうに笑う湊の顔は、今まで何年も見てきたはずなのに、世界で一番かっこよく見えた。
「ありがとう、湊。一生大切にする」
「ヘアゴム一生使うのは無理だろ。……まぁ、切れたらまた別のやつ買ってやるよ」
繋いだ手を、お互いに少しだけ強く握り返す。
付き合って最初のデート。
大きな事件は何もないけれど、何気ない優しさに触れるだけで、胸がいっぱいになってしまう。
でも、この幸せな時間のすぐ裏で。
私たちの恋をさらに揺るがす「次の影」が、少しずつ近づいていることに、この時の私はまだ気づいていなかった。