「野本さん。この件なんですけど、先方から納期を前倒しできないかと連絡が来ていて」
昼休みのオフィスは、ひと気がなくがらんとしていた。
私は後輩の大槻くんの話を聞きながらうなずく。
「そっか。前倒しになるなら、あちこち調整が必要だね」
「関係部署には根回し済みです」
「さすが、大槻くん」
大槻くんは顔がよく、仕事もできる。
ただ、いつもどこか無気力で、女性社員から熱い視線を向けられてもよろこぶどころか顔色ひとつ変えない、つかみどころのない後輩だ。
そんな彼の話を真剣に聞いているつもりなのに、私の視線は資料ではなく彼の口もとに吸い寄せられる。
……本当に、完璧な形。
心の中でそうつぶやく。
目の前で動く大槻くんの唇は、とても形がいい。
上唇と下唇の厚みのバランスが絶妙で、輪郭も綺麗。自然な血色で色艶もよく、乾燥したり、荒れたりもしない。
しかも、言葉に無駄がないのもいい。
淡々と言葉をつむぐ唇の動きは美しく、不必要な愛想笑いを浮かべて完璧な唇のラインを崩したりもしない。
今まで二十六年間生きてきて、これほど理想的な唇を持つ人に出会ったことがなかった。
大槻くんの唇は、もはや芸術品では?
なんて心の中で思っていると、「野本さん」と名前を呼ばれた。
「話、聞いてます?」
低い声で我に返る。
大槻くんが話を止め、じっと私を見ていた。



