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例の空き教室は、いつもと同じ匂いがした。
黒板のチョークの粉。
少し古い木の机。
窓から差し込む午前の光。
でも、ここに来るのは、
あの日以来だった。
病室で、
『帰って』と言われた日の、帰り道。
夕焼けの色と、胸の痛みを思い出す。
扉を閉めると、
松葉杖の音がぴたりと止まった。
「まず」
春日井先輩が、少し深呼吸をする。
「ごめん」
その言葉は、思いのほかまっすぐだった。
「こないだ、病院で。八つ当たりした」
私は、黙ってうなずいた。
「あのときさ、自分でも何言ってるか分からなくなってて」
春日井先輩は、窓の外を一瞬見てから、
またこちらに視線を戻す。
「〝今の俺の気持ち分かったような言い方すんな〟とか。最悪だった」
自分で言った言葉を、そのまま繰り返す。
「分かってます。怪我のことが……」
「それでも、だよ」
かぶせるように、彼は言う。
「怪我で人生うまくいかないからって、それを一番近くにいてくれた人にぶつけるの、漢としても人としてもダサすぎた」
『漢』という言葉が、
ごく自然に過去形の響きを帯びている。
「だから、ちゃんと謝りたかった」
松葉杖を片方、
壁に立てかけて、軽く頭を下げた。
「ごめん。あのときの俺、ほんとクズだった」
「クズは言いすぎです」
とっさに口から出た言葉に、自分で少し驚く。
「でも、傷つきはしました」
「だよな」
「だし、〝分かったようなこと言ってないのに〟って、ちょっとムカつきました」
春日井先輩が、目を丸くする。
「おお、山谷さん言うようになったね」
「だって、私は〝分からないと思います〟って言ったのに」
あのときの自分の声がよみがえる。
『分かったふり』だけはしたくなかった。
「だから、春日井先輩のほうが、〝俺の気持ち分かってほしい〟って、勝手に思ってたんだと思います」
言ってから、
『言いすぎたかも』と少し不安になる。
でも、春日井先輩はむしろ、
ほっとしたように笑った。


