◇
体育館の匂いは、なんだか懐かしい。
スニーカーのゴムと、
ワックスの床と、人の汗と。
中学のとき、
バレー部の友達の応援で何度か来た匂いと、
ほとんど同じなのに。
胸の奥のざわざわだけが、
あの頃とは違っていた。
「お、もう始まってる」
二階席から見下ろすと、
白と青のユニフォームがコートの上を走り回っている。
ボールをつく音、
シューズが床をこする音、
笛の鋭い音。
視線の行き先を持て余していたとき、
ひときわ目立つ背番号が目に入った。
四番。
黒髪を短く刈り込んだ、背の高い男の人。
切り返しのたびに、床が少しだけ揺れた気がする。
「あれが、うちのアイドルですよ」
隣で、瑠奈がひそひそ声で囁く。
「春日井《かすがい》温人《はると》先輩。二年でエース。女子に人気。男子にも人気。先生にも人気。動物にも人気」
「人気の塊じゃん」
「そう。人気と才能の塊」
たしかに、動きに目が吸い寄せられる。
ボールを持つと、一瞬だけ周りを見回して、
すぐに最善の選択をしているのが分かる。
自分で切り込むときもあれば、
ノールックで味方にパスを通すときもある。
シュートがリングを通るたびに、
体育館の空気が少しだけ熱くなる。
「……すごい」
思わず、声が漏れていた。
すごい、という言葉は、あまりにも薄っぺらい。
でも、今の私にはそれくらいしか語彙力がない。


