一番に駆け寄ったのは、夏目美由紀だった。
タオルも、メモ帳も放り投げて、
真っ直ぐ春日井先輩のもとに走っていく。
「左足首!触らないで!」
美由紀さんの声が、ここまで届いた。
誰よりも冷静で、誰よりも必死な声。
選手たちが少し距離を取って円を作る。
その中心で、彼女がしゃがみ込んで、
春日井先輩の足首をそっと支える。
彼の顔は、歯を食いしばっているのが、
二階席からでも分かった。
痛みと、悔しさと、何か別のもの。
「……やだ」
いつのまにか、
そんな言葉が口から漏れていた。
「歩実?」
隣で、瑠奈が小さく私の腕をつつく。
「大丈夫、大丈夫。捻っただけかも」
『かも』という言葉が、
こんなにも頼りないとは知らなかった。
手すりを握る指先に、
力が入りすぎて、関節が白くなる。
喉の奥が、熱くなる。
何か言わなきゃ、と思う。
『大丈夫ですか』とか、
『頑張って』とか、『立って』とか。
でも、声にならない。
あの夜、
川沿いで立ち尽くしていたときと同じだ。
誰かの背中が、
今にもどこかに消えてしまいそうなのに。
手を伸ばせない。
声も出せない。
それに、
春日井温人の側に相応しいのは、私じゃない。
夏目美由紀、
彼女なんだと、認めたくなくても、
そう思えてしまった。


