「〝今日まで〟って、けっこうデカいよね」
「はい」
「そう考えると、今日一日くらい、もうちょっと持ちこたえてみるかって思える」
〝もうちょっと持ちこたえる〟。
その表現に、救われる。
『頑張れ』でも『諦めるな』でもなく。
『もうちょっとだけ』。
その曖昧な言い方が、かえって優しかった。
「だからさ」
春日井先輩は、
黒板のほうをちらっと見てから、
私に視線を戻した。
「さっきの歌、聴けてよかったよ」
「……え?」
「〝今日もちゃんとここにいる〟って、自分に歌ってる人がこの学校にいるって分かったから」
胸の奥で、
何かがぽろっと音を立てて落ちた気がした。
恥ずかしさと嬉しさと、
なんだかよく分からない感情が、
ぐちゃぐちゃに混ざる。
「……そんな大層なものじゃないです」
「大層とかじゃなくてさ」
先輩は、少し笑って続ける。
「俺、あの曲を〝聴く側〟で救われてきたけど、山谷さんは〝歌う側〟で自分を救ってる感じがしたから」
「歌う側……」
その言い方が、くすぐったい。
「そういうの、ちゃんと続けたらいいよ」
「続ける……」
「うん。合唱の課題とかでもさ。適当に口パクしてるやつ多いけど、山谷さんは本気でやったほうが、自分のためになると思う」
「見てたんですか、音楽の授業」
「窓からちょっとね」
冗談とも本気ともつかない顔で言う。
「ソプラノかアルトか迷ってたでしょ」
「……なんでそこまで」
「いや、あの、たまたま通りかかって」
言い訳が少し苦しい。
でも、
そんなふうに誰かが自分のことを見ていたという事実が、素直にうれしかった。
「アルトになりました」
「あ、やっぱり」
「なんで〝やっぱり〟なんですか」
「山谷さん、低めの声のほうが、落ち着いてていいから」
さらっと言われて、また顔が熱くなる。
「なんか、安心する声っていうか」
「安心……」
「うん。さっきの〝今日もちゃんと〟も、なんか〝あ、今日も大丈夫だったな〟って気分になったし」
自分の声が、誰かを安心させるかもしれない。
そんなこと、考えたこともなかった。
いつも自分の声は、
『ごめんなさい』と『大丈夫です』ばかり言っている、頼りない声だと思っていたから。


