選んだ曲は、『傘を閉じる前に』。
昨日、春日井先輩と話したばかりの曲。
イントロが二小節進んだところで、
一度止める。
イヤホンを外し、スピーカーに切り替えた。
教室の中に、かすかな音量で音楽が流れ始める。
誰かが入ってきても、すぐに止められるくらいの小ささ。
それでも、
教室の空気が少しだけ震えているのが分かった。
歌詞カードは、
もう見なくてもだいたい頭に入っている。
私は、黒板の前に立った。
教卓の横。
クラス委員がいつも号令をかける位置。
チョークの粉がうっすら残る黒板を背にして、
深呼吸をする。
「今日もちゃんと、ここにいるね」
まだ歌も始まっていないのに、
そのフレーズだけが頭の中で繰り返された。
再生ボタンを押し直す。
イントロ。
ギター。
小さなドラム。
私は、ゆっくりと口を開いた。
最初の一行は、ほとんど囁き声だった。
喉がきゅっと締まって、声が出づらい。
でも、二行目、三行目と進むうちに、
少しずつ楽になってくる。
教室の中に、自分の声が溶けていく。
誰もいないはずの空間に、
『ここにいる』という印が、薄く刻まれていく感じ。
サビに近づく。
私は、意を決して、少しだけ声量を上げた。


