「今日もちゃんと、ここにいるね」
声に出すと、少し照れくさい。
でも、その照れくささごと、
どこかに届けてみたい気持ちもあった。
部屋のドアに、そっと鍵をかける。
イヤホンを外して、スピーカーに切り替えた。
小さな音量で、イントロがまた流れ出す。
私は、歌詞カードを見ながら、
そっと声を重ねた。
最初は、かすかな囁き声みたいに。
サビに近づくにつれて、
少しずつボリュームを上げていく。
「今日もちゃんと、ここにいるね」
自分の声が、部屋の空気を震わせる。
音程はまだ完璧じゃない。
リズムも危うい。
でも、歌っているあいだだけ、
自分のことを『間違いだらけの人間』とは思わなくて済んだ。
最後のフレーズを歌い終えたとき、
胸の奥がじん、としていた。
「……はあ」
大きく息を吐く。
歌うだけで、
こんなに疲れるとは思わなかった。
でも、その疲れは、
体育の持久走のあとみたいな、心地よい疲れだった。
そのとき、窓の外から、
かすかなボールの音が聞こえた。
コン、とアスファルトを跳ねる音。
ここから見下ろせる校庭はない。
この時間に、
近所の公園で誰かがバスケをしているのかもしれない。
ボールの音と、自分の歌声の余韻が、
頭の中で重なる。
下で誰かが走っている。
上で誰かが歌っている。
それぞれ別の場所にいても、
同じ時間を生きている。
そんな当たり前のことが、
少しだけ特別に思えた。


