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家に帰ると、キッチンからカレーの匂いがした。
「おかえり」
「ただいま」
義母は、エプロン姿のまま鍋をかき混ぜていた。
「今日も部活見学?」
「うん……バスケ部の試合、またちょっとだけ」
正直に言ってみる。
義母は、少しだけ振り向いた。
「そう。勝ったの?」
「はい。強豪校相手に、僅差で」
「へえ。すごいわね」
驚いたように眉を上げてから、
また鍋に視線を戻す。
「……楽しかった?」
昨日と同じ質問。
昨日より、少し答えやすかった。
「うん。楽しかった」
「それなら、よかった」
義母は、味見をして、少しだけ塩を足した。
「でも、ちゃんとご飯の前に手洗って、宿題もやってからね」
「分かってます」
返事をしながら、ふと聞きたくなった。
「あの、」
言葉の切り出し方が分からなくて、少し息を吸う。
「お母さんも、高校のとき、部活の試合とか、家族に見に来てもらったりしてました?」
義母は、少し意外そうな顔をした。
「んー……一回だけ、かな」
「一回?」
「コンクール。県大会の」
遠くを見るような目になる。
「うちの親、共働きで忙しかったからね。基本、そういうの来ない人たちだったの。だから、そのときだけ来てくれたの、すっごく覚えてる」
「嬉しかったですか?」
「めちゃくちゃ」
即答だった。
「別にね、評価されたいとかじゃないのよ。〝ここにいるよ〟って証明してほしかっただけかも」
〝ここにいるよ〟。
私も、そう思っていたのかもしれない。
中三の冬。
『ここからいなくなりたい』と思っていたのは、実は『ここにいることを認めてほしかった』裏返しだったのかもしれない。
「歩実も、そういうの、ある?」
義母の問いに、少し迷う。
「……あるかも」
素直に頷くと、
義母はうんうんと小さくうなずいた。
「そういうときは、ちゃんと言ってね。〝見に来て〟って」
「え?」
予想外の言葉だった。
「いや……でも、忙しいだろうし」
「忙しいけど、行けるように頑張るよ。そのほうが、〝テスト頑張りなさい〟って言うより、ずっと応援してるって伝わるかもしれないし」
照れくさそうに笑う。
「だから、何か出るときがあったら、ちゃんと言いなさい」
〝何か出るとき〟。
ステージとか、試合とか。
今のところ、
自分がそこに立つイメージはまったくない。
でも、もし――。
「……はい」
それだけ返事をした。
あの夜、
『生きてるだけでえらい』と言ってくれた人がいた。
今、
『何か出るときは見に行く』と言ってくれる人がいる。
私の人生の観客席は、思っていたよりも、
ずっと近くにあったのかもしれない。


