その日も、体育館の匂いは少しだけ懐かしくて、少しだけ怖かった。
「早く早く。もう始まってるって」
瑠奈に腕を引かれて、
私は二階席への階段を駆け上がる。
金属の手すりを握る指先に、
ほんの少し汗がにじんでいた。
昨日、
CDショップで春日井先輩と話したことが、
まだ胸の奥でじんわり続いている。
灰色の街と赤い傘のジャケット。
『好きな曲また教えてよ』という言葉。
その人が、今から下のコートで走る。
「うわ、点差ヤバ」
二階席に出ると、
もう試合は中盤に差し掛かっていて、
電光掲示板には『32ー29』と表示されていた。
「勝ってるんだよね、これ」
「勝ってる勝ってる。相手、強豪校らしいよ。先輩たち、今日かなり本気みたい」
コートを見下ろすと、
白いユニフォームが連動して動いている。
四番の背中が、一番よく目に入った。
ドリブルで切り込んで、
フェイントを入れて、ディフェンスをかわして。
ジャンプして、ふわりとボールを放つ。
リングに当たったボールが、
コトンと気持ちよく落ちるたびに、
ベンチと観客席から小さな歓声が上がる。
「春日井先輩、昨日よりもキレキレだね」
「昨日も十分キレキレだったけどね」
「まあね。でも今日は〝見られてる意識〟とかあるんじゃない?」
瑠奈が、わざとらしく肘でつついてくる。
「……何の話?」
「いや別に?」
とぼけた顔をしているけれど、
視線が明らかに私とコートを行ったり来たりしている。
「昨日、何話してたの?」
「CDの話、とか。バスケの話、とか」
「それ、だいたい全部じゃん」
試合はテンポよく進んでいた。


