「山谷さんだよね」
ふいに、名前を呼ばれた。
「え?」
「同じ高校生でしょ。学年は違うけど。前に、図書室で見たことある」
図書室。
窓際の席で、参考書を眺めていた横顔。
「春日井……先輩、ですよね」
「うん。春日井温人。バスケ部の」
自分から名乗ってくるあたり、やっぱり人当たりがいい。
「えっと、山谷歩実です」
改めて自分の名前を言うと、
彼は「うん」とうなずいた。
「山谷さん」
その響きだけで、胸の奥が少し温かくなる。
同じ名字を、家では義母に、
学校では先生に呼ばれてきたけれど。
誰かに「山谷さん」と、
少しだけ親しみを込めて呼ばれるのは、
なんだか初めてのような気がした。
「このCD、山谷さんが持って帰る?」
「え、でも、先輩、もう持ってるんですよね?」
「うん。だから、山谷さんの〝はじめまして〟用に」
そう言って、軽くジャケットを押し出してくる。
「ちゃんと一枚通して聴いて、〝好きな曲これでした〟って、また教えてよ」
「……そんな約束していいんですか」
「いいよ。楽しみ増えるし」
軽い口調。
でも、その目は本気だった。
「じゃあ……」
財布の中身を頭の中でざっと計算する。
今月のお小遣い、五千円。
残り三千円ちょっと。
『生きてたご褒美』。
瑠奈の言葉が、ふいに背中を押す。
「買います」
はっきりと言えた。
「お。決断早い」
「さっき、友達にも〝考えとくだけじゃ何も変わらない〟って言われたので」
「いい友達だね」
レジに向かう途中、
春日井先輩がぽつりと言った。
「……はい。自慢の友達です」
それだけは、自信を持って言えた。


