「歌ってるときさ」
春日井先輩が、少しだけ声を落とす。
「Aメロの〝欄干に置いた手が冷たくて〟のとこで、ちょっと泣きそうになった」
「え」
「ギター弾きながら、〝あ、あの夜のこと書いてくれたんだな〟って改めて思って」
その告白に、胸の奥が熱くなる。
「……勝手に書いて、ごめんなさい」
「なんで謝るの」
「許可取ってないから」
「何の?」
「春日井先輩との出来事の許可」
「出来事って」
春日井先輩は、少し苦笑する。
「あの日、別に俺は大して何もしてないよ」
「そんなことないです」
「いや、ある」
即答だった。
「でもさ」
少し間を置いて、続ける。
「あの日のこと、こうやって〝歌〟という形にしてくれたから、まだ続きがあるんだって感じがして、ちょっと救われた」
胸が、ぎゅっとなる。
「一歩踏み出せました?」
「うん」
電車が、少し揺れる。


