「じゃあ」
気まずくなりそうな空気を振り払うみたいに、
私はマイクを握り直した。
「とりあえず、一回音出してみよう」
「賛成」
春日井先輩が、アンプのスイッチを入れる。
「曲は、〝傘を閉じる前に〟?」
「うん。それが一曲目」
ドラムのカウントが、小さく鳴る。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
美由紀さんのスティックが、
ハイハットを叩く。
瑠奈のベースが、
まだ少し不安定なリズムで低音を鳴らす。
春日井先輩のギターが、
コードを探りながらもメロディをなぞる。
私は、深く息を吸って、声を出した。
「今日もちゃんと、ここにいるね――」
出だしの音程を、ほんの少し外した。
自分でも分かるくらい、危なっかしい。
「ごめん、音はずした」
途中で止めようとすると、
背後から美由紀さんの声が飛ぶ。
「止めない!」
「え」
「間違えても止めない。最後まで行く」
それは、
バンドのルール宣言みたいだった。
春日井先輩も、
笑いながらコードを鳴らし続ける。
「ライブ本番で止まったら伝説になるからね。悪い意味で」
「伝説は嫌だ」
「じゃあ、今から〝止まらない練習〟しよう」
そんなの、聞いてない。
でも、止まらないで続けるしかない。
サビでまたちょっと音を外して、
Bメロで歌詞が飛びかけて、
それでも三人の音は止まらなかった。


