そのほとんどがパピプペポの五音だけで構成された愛らしい効果音を発しながら、小さなロケットがまるで打ち上げられた花火のように輝きながら空を突き進む。
空中で少しばかりやけくそにも見える急ターンをし、玲奈ことマジカル☆レーナに、可愛らしい音と光に反して凄まじいスピードで舞いあがったロケットに目眩を隠せないらしいロートス・イーターが
「……お前の使うものは、何故みな、こういう騒々しい音が出るのだ?」
ごくごく素朴な疑問を小声で問いかける。玲奈が真顔を崩すことなくいつもと変わらぬ返事を返した。
「魔法少女ですから」
「そういうものか」
「それ以外に理由などありません。……目標の群れを捉えました」
「我々セイレーンは音に敏感だ。こんな騒々しい音を出していればこちらの存在など、すぐに気付くだろう」
遠くで旋回するセイレーン達の群れが、こちらに気付いたらしく次々に隊列を乱す。
「殺到してくるぞ」
「手間が省けて何よりです。ジェットロケット、そのまま空中で静止。……北陸支局管轄『魔法アイドル♪らららおんぷバトラー8!』より『スペシャルコンサートステージ』をフィールド転送許可願います。ケース5472『コードネームLE』ロートス・イーターの歌声と同期」
コンパクトが輝きだして、リボンや宝石で彩られた虹色のマイクが顕現する。そしてふわりと空中を浮いて、ロートス・イーターの前で静止する。
「………そのマイクは『歌に力がある魔法少女達』が使っているものです。あなたは魔法少女ではありませんが、使ってみることを推奨します」
「これを、どう使うのだ」
きらきらとしたデコレーションが全体に施されている、宝石やらリボンやらが華やかに光るマイクをつまみ上げ、ロートス・イーターが困惑を隠せない顔で玲奈に問う。
「えっと、その……上下が逆です。そこの、そう、中心にある、光る丸い宝石を押してください。それで、その丸い部分に向かって、歌ってみてください」
金の翼のセイレーンの男が、魔法少女達が使っている魔法のマイクを言われた通りに、不慣れな形で握りしめる。視界が風邪を引きそうな、あまりのアンバランスなその様に、玲奈は
(きっと今の私と同じ様な姿なんでしょうね)
小さく頭を振った。
「これで、雌どもに、命じれば良いのだな」
玲奈が、息を少し吐いて頭を上げ、ロートス・イーターを正面から見つめて言った。
「町を守るための手段がそこにある。ならばなんであろうと使用するのが中部支局長の役目です。そして、誰かがもっと良く生きたいと願うなら、それを叶える手助けをするのが魔法少女の力」
「お前は、何が言いたい」
「………けれど、あなたは、いつか海の王になるのでしょう。あの女性達を統べる存在に。踏み躙られるだけの一匹の雄ではなく、海を統べる一人の男に。ならばあれは雌ではなく、いつかはあなたに仕える女達です。それを雌にするか、女にするか、決めるのはあなた」
「……」
「あれだけの酷い蹂躙を許せとは言いません。復讐したければそれも良い。けれど、あなたは、あなたの瞳は、幸せになる権利を、夢を、決して捨ててはいない」
空中できらめくロケットの上で、玲奈の魔法少女のコスチュームについた長いリボンが揺れて、ロートス・イーターの視線を揺らす。
「だから、そんなあなたを助けて良かったと、私は思っています。あなたには信じるだけの価値がある。……マジカルステッキ換装。音声認識を再度開始します。『ひらけ♪わたしたちのスペシャルステージ☆』」
片手で操縦桿を握り、もう片手でかざしたステッキが、空の色をまるでアイドルのライブのステージの様にカラフルに染め上げる。宙に浮かび上がる様々な楽器やスピーカー達が歓声を上げるように賑やかに音を立てた。
「レーナ」
ロートス・イーターが空を仰ぎ、波のように押し寄せてくるセイレーン達の群れを見つめて、言った。
「おれの中にある海を、お前にも見せよう」
聴いたこともないような甘美なテノールが、空中に響き渡る。夜に囁くように歌っていたそれとはまるで異なる、朗々として、それでいて妖艶さもある魔力的な響きが、耳から流れ込み、耳ではないどこかをまるで嵐の海のようにかき乱す。
海へ、このまま飛んで行けたら、豊かで美しい『私たちの海』へ。
まるで知らないはずなのに、美しい海に浮かぶ誰も知らない秘められた島こそが、自分が生まれ育った場所のように感じてしまう。そんな不可思議なありもしない懐かしい感覚が、くらりくらりと玲奈を覆う。
争うこともなく日々過ごす『同族達』とのおだやかな日々。誰からも、どんなレッテルも貼られず、後ろ指を指されることもなく自由に生きていける場所。
心に浮かぶそんな甘美な何かが、思わず彼女がハンドルを握るこの魔法のロケットの行き先を、この町からも遠くに見える水平線の方へと変えてしまいたくなる。自分の世界ではない世界へと、甘くいざなう歌声。
「けれど、あなたは」
心の中に浮かぶ、このセイレーンの男の瞳の色にも似た美しく青い海。様々な甘美な景色と誘惑。異種の女達の住まう園への誘い。
「……おれは海の楽園の果実だ。数多の女のために実を結び、喰われ、種を残すだけ。潤すことはあれど、潤されることはない。それがセイレーンの雄の、王たる男の義務だ」
夢見る様な瞳をしたセイレーンの女達が次々とUターンし、海を渡る鳥のように、雲の上から水平線の方へと群れを成して飛んでいく。
「ロートス・イーター」
「ロートス、でいい」
「……あなたは、本当にそれでいいのですか」
二人を乗せたロケットが、今度は静かに音もなく、町はずれの人気のない公園へと降りていく。
「この世に生まれ落ちた時から、おれはそうできている」
「では私は、また救えないのですね」
コンパクトがからりと空虚な音を立てて地面に落ちる。
「落ち込むな。おれは………」
金色の翼が自分を優しく包む。
「お前はそんなおれを癒し、おれは良い日々を過ごした。おれが、おれを取り戻すことができるだけの滋養を、おれに与えたのはお前だ。レーナ」
音もなくパターンXが解除され、普段の姿に戻った玲奈の、同じく元の色に戻っているいつものひっつめた何の変哲もない髪を撫で、コンパクトを拾い上げる。
「お前はおれと違い、己の義務を『より良く』果たそうとしている。お前を縛る孤独な檻の中から飛びたち、よい世界をつくろうと足掻いている。……だからおれも、ただ海の果てで貪り食われる楽園の果実ではない、ひとりの意志ある者として、良き王になり、おれの、そして女達の海を治めるべく、もう少し足掻いてみたい。おれを救ったお前のその心に、恥ずべきところのないように」
拾い上げたコンパクトを玲奈に渡して、ロートス・イーターは少し屈み込み、囁く。
「おれはお前が愛おしい」
「あなたを………もしもあなたを愛おしいと思ってしまったら、私は辛くなるのかもしれない。けれど、けれど………今、ここで、臆病になるのは、嫌です。けれど、ああ、けれど…………」
「お前は自分を偽れない。揺れない女だ」
たった一昨日治したばかりの翼ある腕で抱き寄せられ、甘くほろ苦い果実をゆっくりと押し込まれるような口付けを交わす。
楽園の果実とは、自分にとってはほろ苦く、涙のような味さえするものらしい。唇から味わっているはずなのに、胸が詰まる。
人ならぬ指先でまさぐられた玲奈の髪から髪留めが地面に落ち、かけていた眼鏡が静かに外される。
「………もしも今、揺れていても?」
抱きすくめられたまま、玲奈が小さな声で問い返す。小さく、そしてこの女からは聴いたこともないような、不安げで、泣きそうな顔をしながら少し震える声はまさに『雛鳥』だ。
そんな姿を決して誰にも見せずに、この女は己の義務を果たすために独り、生きてきたのだろう。ロートス・イーターが静かに微笑んだ。
「おれにはお前を知るだけの時間があった。奇跡のような時間だ。それをおれは、幸せに思う。だが、お前をより知るだけの時間が、もう少しだけある。揺れているお前をこうして見つめて、愛するだけの時間が」
通る人もない町外れの小さな公園の片隅でひとつに溶け合っていく金色の影を優しく隠すように、夕暮れの木陰の光が降り注いでいった。
空中で少しばかりやけくそにも見える急ターンをし、玲奈ことマジカル☆レーナに、可愛らしい音と光に反して凄まじいスピードで舞いあがったロケットに目眩を隠せないらしいロートス・イーターが
「……お前の使うものは、何故みな、こういう騒々しい音が出るのだ?」
ごくごく素朴な疑問を小声で問いかける。玲奈が真顔を崩すことなくいつもと変わらぬ返事を返した。
「魔法少女ですから」
「そういうものか」
「それ以外に理由などありません。……目標の群れを捉えました」
「我々セイレーンは音に敏感だ。こんな騒々しい音を出していればこちらの存在など、すぐに気付くだろう」
遠くで旋回するセイレーン達の群れが、こちらに気付いたらしく次々に隊列を乱す。
「殺到してくるぞ」
「手間が省けて何よりです。ジェットロケット、そのまま空中で静止。……北陸支局管轄『魔法アイドル♪らららおんぷバトラー8!』より『スペシャルコンサートステージ』をフィールド転送許可願います。ケース5472『コードネームLE』ロートス・イーターの歌声と同期」
コンパクトが輝きだして、リボンや宝石で彩られた虹色のマイクが顕現する。そしてふわりと空中を浮いて、ロートス・イーターの前で静止する。
「………そのマイクは『歌に力がある魔法少女達』が使っているものです。あなたは魔法少女ではありませんが、使ってみることを推奨します」
「これを、どう使うのだ」
きらきらとしたデコレーションが全体に施されている、宝石やらリボンやらが華やかに光るマイクをつまみ上げ、ロートス・イーターが困惑を隠せない顔で玲奈に問う。
「えっと、その……上下が逆です。そこの、そう、中心にある、光る丸い宝石を押してください。それで、その丸い部分に向かって、歌ってみてください」
金の翼のセイレーンの男が、魔法少女達が使っている魔法のマイクを言われた通りに、不慣れな形で握りしめる。視界が風邪を引きそうな、あまりのアンバランスなその様に、玲奈は
(きっと今の私と同じ様な姿なんでしょうね)
小さく頭を振った。
「これで、雌どもに、命じれば良いのだな」
玲奈が、息を少し吐いて頭を上げ、ロートス・イーターを正面から見つめて言った。
「町を守るための手段がそこにある。ならばなんであろうと使用するのが中部支局長の役目です。そして、誰かがもっと良く生きたいと願うなら、それを叶える手助けをするのが魔法少女の力」
「お前は、何が言いたい」
「………けれど、あなたは、いつか海の王になるのでしょう。あの女性達を統べる存在に。踏み躙られるだけの一匹の雄ではなく、海を統べる一人の男に。ならばあれは雌ではなく、いつかはあなたに仕える女達です。それを雌にするか、女にするか、決めるのはあなた」
「……」
「あれだけの酷い蹂躙を許せとは言いません。復讐したければそれも良い。けれど、あなたは、あなたの瞳は、幸せになる権利を、夢を、決して捨ててはいない」
空中できらめくロケットの上で、玲奈の魔法少女のコスチュームについた長いリボンが揺れて、ロートス・イーターの視線を揺らす。
「だから、そんなあなたを助けて良かったと、私は思っています。あなたには信じるだけの価値がある。……マジカルステッキ換装。音声認識を再度開始します。『ひらけ♪わたしたちのスペシャルステージ☆』」
片手で操縦桿を握り、もう片手でかざしたステッキが、空の色をまるでアイドルのライブのステージの様にカラフルに染め上げる。宙に浮かび上がる様々な楽器やスピーカー達が歓声を上げるように賑やかに音を立てた。
「レーナ」
ロートス・イーターが空を仰ぎ、波のように押し寄せてくるセイレーン達の群れを見つめて、言った。
「おれの中にある海を、お前にも見せよう」
聴いたこともないような甘美なテノールが、空中に響き渡る。夜に囁くように歌っていたそれとはまるで異なる、朗々として、それでいて妖艶さもある魔力的な響きが、耳から流れ込み、耳ではないどこかをまるで嵐の海のようにかき乱す。
海へ、このまま飛んで行けたら、豊かで美しい『私たちの海』へ。
まるで知らないはずなのに、美しい海に浮かぶ誰も知らない秘められた島こそが、自分が生まれ育った場所のように感じてしまう。そんな不可思議なありもしない懐かしい感覚が、くらりくらりと玲奈を覆う。
争うこともなく日々過ごす『同族達』とのおだやかな日々。誰からも、どんなレッテルも貼られず、後ろ指を指されることもなく自由に生きていける場所。
心に浮かぶそんな甘美な何かが、思わず彼女がハンドルを握るこの魔法のロケットの行き先を、この町からも遠くに見える水平線の方へと変えてしまいたくなる。自分の世界ではない世界へと、甘くいざなう歌声。
「けれど、あなたは」
心の中に浮かぶ、このセイレーンの男の瞳の色にも似た美しく青い海。様々な甘美な景色と誘惑。異種の女達の住まう園への誘い。
「……おれは海の楽園の果実だ。数多の女のために実を結び、喰われ、種を残すだけ。潤すことはあれど、潤されることはない。それがセイレーンの雄の、王たる男の義務だ」
夢見る様な瞳をしたセイレーンの女達が次々とUターンし、海を渡る鳥のように、雲の上から水平線の方へと群れを成して飛んでいく。
「ロートス・イーター」
「ロートス、でいい」
「……あなたは、本当にそれでいいのですか」
二人を乗せたロケットが、今度は静かに音もなく、町はずれの人気のない公園へと降りていく。
「この世に生まれ落ちた時から、おれはそうできている」
「では私は、また救えないのですね」
コンパクトがからりと空虚な音を立てて地面に落ちる。
「落ち込むな。おれは………」
金色の翼が自分を優しく包む。
「お前はそんなおれを癒し、おれは良い日々を過ごした。おれが、おれを取り戻すことができるだけの滋養を、おれに与えたのはお前だ。レーナ」
音もなくパターンXが解除され、普段の姿に戻った玲奈の、同じく元の色に戻っているいつものひっつめた何の変哲もない髪を撫で、コンパクトを拾い上げる。
「お前はおれと違い、己の義務を『より良く』果たそうとしている。お前を縛る孤独な檻の中から飛びたち、よい世界をつくろうと足掻いている。……だからおれも、ただ海の果てで貪り食われる楽園の果実ではない、ひとりの意志ある者として、良き王になり、おれの、そして女達の海を治めるべく、もう少し足掻いてみたい。おれを救ったお前のその心に、恥ずべきところのないように」
拾い上げたコンパクトを玲奈に渡して、ロートス・イーターは少し屈み込み、囁く。
「おれはお前が愛おしい」
「あなたを………もしもあなたを愛おしいと思ってしまったら、私は辛くなるのかもしれない。けれど、けれど………今、ここで、臆病になるのは、嫌です。けれど、ああ、けれど…………」
「お前は自分を偽れない。揺れない女だ」
たった一昨日治したばかりの翼ある腕で抱き寄せられ、甘くほろ苦い果実をゆっくりと押し込まれるような口付けを交わす。
楽園の果実とは、自分にとってはほろ苦く、涙のような味さえするものらしい。唇から味わっているはずなのに、胸が詰まる。
人ならぬ指先でまさぐられた玲奈の髪から髪留めが地面に落ち、かけていた眼鏡が静かに外される。
「………もしも今、揺れていても?」
抱きすくめられたまま、玲奈が小さな声で問い返す。小さく、そしてこの女からは聴いたこともないような、不安げで、泣きそうな顔をしながら少し震える声はまさに『雛鳥』だ。
そんな姿を決して誰にも見せずに、この女は己の義務を果たすために独り、生きてきたのだろう。ロートス・イーターが静かに微笑んだ。
「おれにはお前を知るだけの時間があった。奇跡のような時間だ。それをおれは、幸せに思う。だが、お前をより知るだけの時間が、もう少しだけある。揺れているお前をこうして見つめて、愛するだけの時間が」
通る人もない町外れの小さな公園の片隅でひとつに溶け合っていく金色の影を優しく隠すように、夕暮れの木陰の光が降り注いでいった。



