「じゃあ、また明日ねー!」
由奈が大きく手を振る。
「うん! また明日!」
わたしもぶんぶん手を振り返した。
由奈の家はコンビニの二階。
ここでお別れだ。
「寄り道しちゃダメだよー?」
「しないしない!」
「その返事、信用できないんだけど!」
「ひどい!」
由奈の笑い声を背中で聞きながら、わたしは家への道を歩き始めた。
夕暮れの空はオレンジ色に染まり、蝉の声がまだ元気に響いている。
「今日はいっぱいアイス食べたなぁ」
「モフモフ王子、かわいかったなぁ」
ひとりでぶつぶつ言いながら歩いていると、自然と足は近道の竹やぶへ向かっていた。
ふと、ニュースで見たパンダを思い出す。
――パンダかぁ。
わたしがパンダのぬいぐるみを作り始めたのは、いつからだったかな。
パパとママと三人で動物園へ行った日。
初めて見たパンダが、びっくりするくらいかわいくて。
「この思い出を残したい!」
そう思って作ったのが最初のパンダだった。
「懐かしいなぁ」
そんなことを考えていた、その時。
――ガサッ!
――ゴソゴソッ!
竹やぶの奥から大きな音がした。
「ひゃっ!?」
思わず飛び上がる。
「な、なに!? なに!?」
心臓がドキドキする。
また音がした。
――ガサガサッ!
「ま、まさか……クマ!?」
最近はクマが街に出るニュースも多い。
もし本当にクマだったら――。
「いやいやいや! 落ち着け天音!」
わたしは自分のほっぺをぺちんと叩いた。
「でも気になる……」
「いや危ないって!」
「でも見たい……!」
「どっちなの! わたし!」
一人で勝手に大混乱。
それでも好奇心には勝てなかった。
わたしはそーっと竹やぶへ近づく。
一歩。
また一歩。
「お願いだからタヌキであって……」
ガサッ。
「ひぃっ!」
「お願いだからネコであって……」
ガサッ。
「ひゃあっ!」
もう帰ろうかな。
そう思った時だった。
竹の葉の隙間から、白くて丸いものが見えた。
「え?」
もふっ。
「え?」
もふもふっ。
「ええ!?」
白と黒の丸い耳、ころんとした体、まるで見覚えのあるシルエット。
「う、うそ……」
目をこする。
もう一回見る。
やっぱりいる!
「えっ」
もう一回見る。
「ええっ」
さらにもう一回見る。
「えええええええーーーっ!?」
思わず大声が飛び出した。
そこにいたのは――
クマはクマでも。
のそのそと竹をかじる、一匹のパンダだった。
「ぱ、ぱ、ぱ、パンダぁぁぁぁ!?」
パンダはびくっと顔を上げる。
そして。
「もぐ」
また竹を食べ始めた。
「いやいやいやいや!」
わたしは頭を抱えた。
「なんで!?」
「どうして!?」
「ここ日本だよね!?」
「動物園じゃないよね!?」
もちろん答えてくれる人はいない。
パンダはのんきに竹をもぐもぐしている。
「夢かな?」
ほっぺをつねる。
痛い。
「痛い!」
夢じゃない。
「じゃあ本物!?」
パンダはくりくりした瞳でじーっとこちらを見る。
「うっ……」
かわいい。
「か、かわいい……」
反則だ。
かわいすぎる。
「だめだ……」
「近くで見たい……」
恐怖なんて、もうどこかへ吹き飛んでいた。
パンダは首をかしげる。
「きゅる?」
みたいな顔をした。
「なにその顔ぉぉぉぉ!」
わたしは思わずしゃがみこんだ。
「かわいすぎるぅぅぅぅ!」
パンダは相変わらず竹をもぐもぐ。
まるで、
『なんで騒いでるの?』
と言いたげな顔だった。
その愛らしさに、わたしは完全に心を撃ち抜かれてしまった。
――まさか、この出会いが。
わたしの人生を大きく変えることになるなんて、この時はまだ知らなかった。

