――チクチク、チクチク。
夜の部屋に、針が布をぬう音だけが静かにひびいていた。
「あと少し……あと少しだけ」
わたしは小さくつぶやきながら、白いフェルトに針を通す。
わたし、葉山天音(はやま あまね)。
中学一年生。
好きなものはパンダ。
大好きなものもパンダ。
将来の夢は――たぶん、世界一かわいいパンダを作ること。
「よしっ!」
最後のひと針をぬい終えて、わたしは両手を高く上げた。
完成したのは、手のひらサイズの小さなパンダ。
まんまるな目に、ぽてっとした耳。
ふわふわで、ころんとしていて、思わず抱きしめたくなる。
「かわいい~!」
ぎゅっと胸に抱きしめる。
「どうしよう。このコ、かわいすぎる」
右から見る。
左から見る。
下から見る。
やっぱりかわいい。
「過去最高かも……!」
一人で盛り上がっていると、ふと時計が目に入った。
そして。
「え?」
もう一度見る。
「えええっ!?」
時計の針は、とっくに十二時を回っていた。
「うそでしょ!?」
思わず立ち上がる。
「明日、数学のテストだった!」
いや、明日じゃない。
もう今日だ。
「終わった……」
ベッドに倒れ込む。
もちろん勉強は一ページもやっていない。
だって仕方ない。
かわいいパンダが完成しそうだったのだ。
パンダが優先なのは当然である。
……たぶん。
ふと部屋の隅を見る。
そこには大きなカゴが三つ。
中にはパンダ、パンダ、パンダ。
大小さまざまなパンダのぬいぐるみが、ぎゅうぎゅうに詰まっている。
「みんな、かわいいなあ」
思わず笑顔になる。
このコたちは全部、わたしが作ったパンダたち。
わたしの宝物だ。
最近は少しずつ、お店でも売れるようになってきた。
だけど――。
「お嫁に行っちゃうの、やっぱりさみしいんだよね」
そう言いながら、一匹のパンダをなでる。
すると。
ぐううううう。
お腹が鳴った。
「……寝よ」
こうしてわたしは、数学のテストから目をそらしたまま布団にもぐりこんだ。
◇
翌朝のこと。
「天音ー! 起きろー!」
パパの声で飛び起きる。
時計を見る。
「きゃああああ!」
完全に寝坊だった。
五分後。
わたしはボサボサ頭のまま階段を駆け下りる。
「パパ! なんで早く起こしてくれなかったの!?」
「三回起こした」
「え?」
「全部返事してたぞ」
「うそ!?」
「『あと五分~』ってな」
まったく覚えていない。
キッチンではパパがトーストを食べながらパソコンを見ていた。
「それより天音」
「なに?」
「また夜更かししたな?」
「なんで分かるの?」
「目の下のクマがすごい」
パパは真顔で言った。
「パンダじゃないほうのクマな」
「うっ」
反論できない。
パパは笑いながらパソコンの画面をこちらへ向けた。
「ほら」
「え?」
「注文。また来てるぞ」
画面には、
『手作りパンダぬいぐるみ』
の注文通知が並んでいた。
「わあっ!」
思わず目が輝く。
「昨日だけで三件」
「ほんと!?」
「ほんと」
「やったー!」
思わずその場で飛び跳ねた。
パパがネットショップを作ってくれたおかげで、わたしのパンダたちは少しずつ人気になっている。
北海道のおばあちゃん。
京都の小学生。
東京で働くお姉さん。
知らない誰かが、わたしの作ったパンダを抱っこしてくれている。
そう思うだけで胸がぽかぽかする。
「みんな気に入ってくれるといいな」
「そのためにも学校行け」
「あっ」
「テストだろ?」
「……あっ」
完全に忘れていた。
パパは大きくため息をついた。
ピンポーン。
そのとき、チャイムが鳴った。
「天音ー! おはよー!」
元気な声が玄関から聞こえる。
親友の木下由奈(きのした ゆな)だ。
ドアを開けた瞬間、由奈はわたしの顔を見て叫んだ。
「うわっ!」
「な、なによ」
「今日もクマできてる!」
「えへへ」
「褒めてない!」
由奈はびしっと指をさした。
「また徹夜でしょ!」
「ちょっとだけ作るつもりだったの」
「その『ちょっとだけ』が危険なんだって!」
「でも、かわいいパンダができそうだったし……」
「天音はパンダが関係すると周り見えなくなるんだから!」
「そんなことないよ?」
「ある!」
即答だった。
でも由奈は怒っているように見えて、どこか楽しそうだ。
こうやって遠慮なく言い合える由奈が、わたしは大好きなんだ!

