無難に生きたいのに、全力すぎる彼が構ってきます

 「ほら、フレックス。ご飯だぞ」

 ピンセットの先でコオロギを揺らすと、枝に擬態していた緑が、ほんの一瞬だけ色を変えた。次の瞬間、長い舌が弾けるように伸びる。

 「相変わらず反応いいな」

 フレックスは満足そうに目をゆっくり動かし、また何事もなかったかのように静止する。
 その様子を見ていると、つくづくほっとする。
 今日も一日、なんとかやれた。

 決して広いとは言えないワンルームのアパート。築年数はそれなりだが、住むには困らない。引っ越しが多かった人生を思えば、ここはずいぶん落ち着いているほうだ。
 転勤族だった親の影響で、幹人は幼い頃から各地を転々としてきた。幼稚園はもちろん、小学校から中学、高校に至るまでじっくり根を下ろして生活したことはなかった。
 新しい土地、新しい学校、新しい人間関係。それらに飛び込むことを、特別だと思ったことはない。やらなきゃ、やれない。それだけの話だった。
 そうやって動いているうちに、気づけば人と深く関わることはなくなっていた。
 仲良くなる前に別れがくる。だから、踏み込まないほうが楽だった。
 名前を覚えて、少し笑って、必要な会話だけを交わす。それで十分。長く続く関係を前提にしないほうが、あとが楽だといつの間にか学んでいた。
 決めるのも選ぶのも、いつも自分。次に行く場所も進む方向も、迷う前に決める癖がついた。
 誰かに相談するより、ひとりで結論を出したほうが早い。そのほうが置いていかれない。