ロビーを抜けた先、ガラス越しのラウンジで足が止まった。天音がいた。
背中しか見えないが、落ち着いた立ち姿とやわらかく相槌を打つ仕草ですぐにわかる。
向かいに立つ男が、身を乗り出すように話している。
坂口俊介、天音の元彼だ。
天音は笑っている。少し懐かしそうな顔なのが、なんだか癪に障った。
嫉妬という言葉では足りない。腹立たしさでも怒りでもない。
ただ、はっきりとした実感があった。
坂口は、こうして天音の人生の途中にあたり前のように現れる。過去も現在も、きっとこれからも。
自分が知らない時間、自分が立ち会えなかった場所を奪いたいとは思わない。消したいとも、否定したいとも思わない。
でも、現在の彼女を手放すつもりは毛頭ない。自分が欲しいのは、これから先の時間を歩く彼女だ。
彼女が帰る場所を決めるとき、疲れた夜に名前を呼ぶとき、なにかを選ぶ瞬間に自然と思い浮かべる相手は自分でありたい。隣にずっと立っていたい。
彼女の時間が、誰かの過去に回収されていくのを遠くから見送る側にはなりたくない。
そう思った瞬間、胸の奥でなにかが静かに定まった。



