無難に生きたいのに、全力すぎる彼が構ってきます

 仕事を覚えるので精一杯で、余裕なんてない。責任を持つとか家庭を築くとか、そういう言葉はまだ実感を伴わない。
 それでも、グラスを傾けながら話を聞いていた天音の横顔が、頭に浮かぶ。姉の結婚を祝う、優しい笑顔。そして幹人の言葉を聞いたあと、ほんの一瞬だけ間が空いたこと。
 気のせいかもしれない。そう思おうとするのに、なぜか引っかかって離れない。

 (天音さんは、結婚をどう思ってるんだろう)

 焦っているようには見えない。でも、どうでもいいとも思っていない。
 〝今すぐじゃなくてもいい。でも、いつかは〟
 その位置に、彼女が立っている気がした。
 そして気づく。自分は、その〝いつか〟を無関係な顔でやり過ごせる立場じゃない。

 会社に戻り、デスクに着く。マウスを動かし、画面上の線をひとつ修正する。寸法を確認し、レイヤーを切り替えて、もう一度全体を引いて見る。
 問題ない。そう判断して保存ボタンを押したところで、幹人の手はふっと止まった。

 (……遠い世界、か)

 もう一度、あの言葉を心の中で転がす。逃げでも、嘘でもなかった。
 でも、あれで終わりにしていい話じゃないことだけは漠然とわかる。
 天音は、ちゃんと今を生きている。自分だけが「まだ先」と言い続けるのは、少しずるい。
 隣のデスクから声がかかる。