無難に生きたいのに、全力すぎる彼が構ってきます

 自分にそう言い聞かせながら、心臓の音だけがやけにうるさかったのを覚えている。
 普段はちゃんと線を引いている。それ以上でも、それ以下でもない距離をどうにか保っている。
 それなのに、弱っていたせいか気が緩んだせいか、近づいてみたくなった。いや、たぶんもっと前からだ。
 幹人は天井を見つめたまま、苦く笑う。

 (聞こえてなくて、よかった)

 もし聞かれていたら、どう言い訳すればよかったのか。
 熱のせい? 寝ぼけてた? どれも苦しすぎる。
 けれど同時に、ほんのわずかに胸の奥に残る感情もあった。

 (……気づいてほしかった、なんて)

 スマートフォンに手を伸ばし、時刻を確認する。もうとっくに出社している時間だ。

 (ちゃんと、お礼言わないとな)

 昨日の朝も言ったが、それでも足りないくらいだ。
 ベッドを抜け出しながら、そっと誓う。
 彼女と対等な立場になるまで、この気持ちは隠し通す。今、想いを伝えたところで、困らせるだけ。四月――そう、四月になれば幹人も晴れて社会人となる。そうなれば、四つの年の差も今ほど大きなものではなくなるはずだ。
 幹人は息を深く吐き、バスルームへ向かった。