無難に生きたいのに、全力すぎる彼が構ってきます

 ただ、少しだけ背筋を伸ばし、逃げ道を用意するみたいに一歩引く。それでも視線だけは外さず、天音の反応を静かに受け止めようとしている。
 急かさない。その代わり、冗談にもしない。その真面目さが逆に胸に残った。
 不意に備品庫の入口から、足音が近づいてくる。

 「あー、いたいた」

 気の抜けた声とともに現れたのは、天音の同期であり幹人とは先輩後輩の関係である鈴川だった。
 棚の陰から顔を出し、天音と幹人を一瞬だけ見比べてから、にやりと笑う。

 「加地、探してたんだよ」
 「鈴川さん」

 幹人が振り向く。

 「あのさ」

 言いながら、鈴川は自然な動作で幹人の肩に手を置いた。引っ張るというほどでもなく、行くぞ、という合図みたいな軽さで。

 「あ、はい」

 幹人は素直に応じ、振り返りざまに天音のほうを見る。さっきまでの真剣さを、仕事用の表情にしまい込むみたいに。

 「この台車、戻しておきますね」
 「え、あ……」

 返事をする間もなく、幹人は台車のハンドルを握り、鈴川に促されるまま備品庫を出ていく。鈴川は去り際にだけ、ちらっと天音を見て意味ありげに眉を上げた。
 残された倉庫に、再び静けさが戻る。天音は、しばらくその場から動けなかった。
 台車の音が遠ざかるにつれて、胸の奥に残った余韻だけが、やけにくっきりと浮かび上がっていた。