土俵際のくちづけーおかみさんの恋わずらい

慌てて本を戻そうとする弥生だったが、パラパラと捲れるページの端から、少しだけ覗く絵や言葉が、なぜかとても気になって、何度も何度もその本の方を振り返ってしまう。
そんな弥生の様子に気づいた愛斗は、まだ少し照れながらも、優しく笑った。
「……弥生さんが本当に欲しいんなら、買ってもいいよ。どうする?」
弥生は真っ赤な顔のまま、おずおずと愛斗の腕に抱きつくように言った。
「……愛斗くんと、一緒に見るんなら、いい」
「……っ! わかった、じゃあそれにしよう」
愛斗はますます顔を赤くしながら、その『恋愛白書』を大事そうにかごへと入れた。
弥生は他に、料理のレシピ本と、ファッション雑誌を一冊選んだ。
さあ会計を、とレジに向かおうとしたとき、愛斗本のコーナーで一人の男性とばったり会った。中村という会社の同僚だ。
「お、愛斗じゃん。こんな時間に何してんの?」
中村は手にゲームのカードを持っていて、ニヤニヤしながらこちらを見ている。愛斗は隣にいる弥生を紹介しようと、照れ笑いを浮かべながら言った。
「ああ、中村。彼女の弥生さんと、買い物に来てたんだ」
その瞬間、中村の目が愛斗の持っているかごに向けられた。そこにはシュークリームやお菓子の山に混ざって、先ほどの『恋愛白書』が堂々と入っていた。
「おお~、なるほどね~。でも愛斗、その本……」
中村がからかうように指をさすと、愛斗は慌てて弁解した。
「ち、違うからな! これは彼女が欲しいって言ったから買うだけで、俺たちが二人で見るわけじゃないからな!」
自分で言っておきながら、まったく説得力のない言い訳だと自分でも思った。
中村は「はいはい、そういうことにしといてあげるよ」と、ニヤニヤが止まらない笑顔を浮かべたまま、手を振って去っていった。
二人だけになると、弥生がくすくすと笑いながら愛斗の腕をつついた。
「愛斗くん、正直過ぎだよ。あんな風に言ったら、余計に変な誤解されたらどうするの?」
愛斗も自分の発言を思い出し、頭をかきながら照れ笑いする。
「え……た、確かに俺も、言ってから思った……」
顔を見合わせると、また二人して笑い出した。
甘いシュークリームと、少しだけ大人の秘密の本。今夜買ったもの全部が、二人だけの、甘くて暖かい思い出になるような気がした。
シュークリームを食べた後、二人は買ってきた『恋愛白書』を開いた。
ページをめくると男女が抱き合う絵が現れ、弥生は瞬く間に顔を赤らめた。照れてはいたが、彼女は目を逸らさず最後までじっくりと見つめていた。
「愛斗くん、もう寝よう。明日も仕事でしょ?」
「うん」
立ち上がろうとした瞬間、正座の足がしびれていたらしく、弥生はよろけて体勢を崩した。愛斗が慌てて支えに行くと、ばっちりと目が合い、そのまま柔らかいくちびるが重なった。
顔を真っ赤にして見つめ返す弥生に、愛斗は笑いかける。
「照れた顔もかわいいね、弥生は」
「もう、何言ってんの?」
「照れた顔も全部、俺は好きになる。俺のことだけ考えて、もっともっと俺を好きになってほしい」
「そんなセリフ、漫画にはなかったよ?」
「へえ、全部覚えてるの? 記憶力いいね。……でも今のは漫画じゃない。俺の本心、俺の気持ちだから」
弥生は瞳を潤ませて、愛斗の胸元にそっと手を添えた。
「……私も、大好きだよ」
「ありがとう」
二人は見つめ合い、そっともう一度、甘い口づけを交わした。