土俵際のくちづけーおかみさんの恋わずらい

「おはよう、愛斗くん」
「おはよう。今日ね、実は仕事休みになったんだ。だから……よかったらデートしてください」
弥生は瞳を輝かせ、満面の笑みで頷いた。
「うん! もちろんいいよ」
二人は手分けをして準備を済ませ、愛斗の車で出かけた。駐車場に車を停め、これから行く場所へ向かって歩き出そうとした、その時だった。
前方から見慣れた男が歩いてくるのが見えた。吾郎だ。しかも昨日とは違う、若い別の女性を連れている。幸いなことに、吾郎も弥生もまだお互いの存在には気づいていなかった。
愛斗は瞬時に判断し、弥生の手を強く引いて自分の胸元へと抱き寄せた。突然のことに弥生が驚き、何があったのか問いかけようとすると、愛斗は人差し指を唇にあて、「静かに」と合図を送った。
弥生の体が完全に自分の影に隠れるように庇いながら、愛斗は吾郎たちが通り過ぎるのをじっと待った。
二人が去っていくのを確認し、ゆっくりと腕を解く。すれ違いざまに、連れの女性が高級ブランドの紙袋を嬉しそうに掲げ、「吾郎さん、こんな高いの買ってくれてありがとう」と話しているのが、愛斗の耳にはっきりと届いていた。
愛斗はわざとおどけた笑顔を作り、何事もなかったかのように弥生に言った。
「ごめんごめん。弥生さんがあまりにも可愛いから、思わず抱きしめたくなっちゃっただけだから」
「そうだったの? びっくりしちゃった」
弥生が前を向いた瞬間、道の向こうに吾郎と女性の後ろ姿が見えた。女性に高そうな荷物を持たせ、楽しそうに笑い合いながら歩いている様子が、はっきりと目に入った。
弥生がそれをじっと見つめているのに気づき、愛斗は慌てて自分の手で彼女の両目を覆い隠した。
「見ちゃだめだ。あんなやつのことなんか、さっさと忘れろ。また別の女とふらふら遊んでただけだよ」
「……そうなんだ」
「あいつのことなんてどうでもいいじゃん。ほら、俺たちのデートを楽しもう」
「うん!」
弥生が明るい声で返事をするのを聞き、愛斗は彼女の手を取って歩き出した。
——俺は、高級ブランド品なんて買ってあげられないかもしれない。だけど、あいつが浮気相手にするようなことで俺が負けるわけにはいかない。弥生さんを心から楽しませて、笑顔にして、もし彼女が欲しいものがあったら、何でも買ってあげるんだ。
心の中で強く誓いながら、二人はアウトレットモールへと足を踏み入れた。
弥生は、見たこともない店がずらりと並ぶ光景に、子供のように目を輝かせていた。
「俺、実は買い物が趣味なんだ。弥生さんも、行ってみたいお店や欲しいものがあったら、遠慮なくどんどん言ってね」
「うん、ありがとう」
最初に立ち寄ったのは、大きなバーゲンセールを開催している店だった。男女兼用のカジュアルな服が多く、どれも驚くほど安い値段で売られている。
愛斗は店内を見渡しながら言った。
「弥生さん、おレンチで着る服持ってないでしょ? 今日は俺がたくさん買ってあげるよ」
「えっ? そんなの悪いよ! 自分で出すから大丈夫だよ」
弥生が慌てて断ると、愛斗はいたずらっぽく笑って首を横に振った。
「俺が払ってあげたいの。『遠慮しない』って、さつき約束したじゃない。それに、ここの服はほとんど1000円か500円くらいだから、全然高くつかないから安心して」
「……ありがとう。じゃあ、他のお店に行ったときは、私が愛斗くんにおごるね」
「はは、ありがとう。それじゃあ、たくさん選んで」
弥生は嬉しそうに笑い、夢中になって服を選び始めた。普段は質素な服ばかり着ていた彼女は、自分の欲しいデザインの服が全部1000円や500円で買えることに、驚きながらも楽しんでいた。
気づけば二人で両手いっぱいに服を抱え、別々に会計を済ませたが、合計してもたったの7000円ほどだった。