隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

「……気が向いたら」

空くんは、
前を向いたまま言った。

私は、
にやっと笑う。

「じゃあ明日ね!」

「は?」

「気が向くでしょ?」

「勝手に決めんな」

「決定でーす!」

「……うるさい」

明日も、絶対走る。



翌日。

放課後。

窓の外には、
夏みたいな入道雲。

昼の熱が、
まだ少し廊下に残っていた。

「空くーーーん!!」

帰ろうとしていた空くんの前に、私は立ちはだかった。

「走るよ!!!」

「……は?」

「昨日約束した」

「してない」

「した!」

「してない」

「したってば!」

空くんは、
ふっと、ため息をつく。

「……10分だけ」

……よしっ。

「やったーー!!!」

「声でか」

空くんは、
やれやれって顔で靴を履き替えてる。

でも。

私、知ってるもん。

空くんが、
今日もちゃんとジャージを持ってきてること。



それから。

私と空くんは、
一緒に走る日が増えた。

毎日じゃない。

でも。

私が誘う日は、
必ず。

「今日走る?」

「気が向いたら」

って言うくせに。

結局、
来てくれる。

……変な人。



夏。

夕方。

セミの声が、
少しずつ減っていく時間。

走り終わる頃には、
空はもう暗くなり始めていた。

「はぁぁ……
疲れたぁ……」

私は校庭のフェンスにもたれながら、空を見上げる。

その瞬間。

「……わ」

星。

いっぱい。

紫色の空に、
小さな光。

昼間あんなに明るかった空とは、
別の世界みたいだった。

風が吹く。

汗ばんだ肌に気持ちがいい。

「星野」

「ん?」

隣を見る。

空くんも、
夜の空を見上げてた。

珍しい。

ぼーっとしてる。

「空くん、
空見るんだ」

「失礼だな」

「勉強しか興味ないかと思った」

「偏見」

「へへ」

私の小さな笑いのあと。

空くんが、
上を向いたまま言った。

「……好きなんだよ」

「え?」

今。

何て――

「星」

空くんは、
上を見たまま言う。

「綺麗じゃん」

あ。

なんだ。

……びっくりした。

「なにその顔」

「別にっ!!」

慌てて目を逸らす。

やばい。

変な勘違いした。

すると。

隣から、
小さな声。

「星野の苗字、
お前っぽいな」

「え?」

「星、好きそう」

私は笑った。

「空くんの方が、
空って名前っぽいよ」

沈黙。

風。

遠くで鳴いてる、
虫の声。

「……初めて言われた」

小さく笑う声。

私は隣を見る。

空くん。

笑ってる。

その横顔が、
夜に溶けそうなくらい静かだった。

「……帰ろ」

突然こっちを向いた空くんに、見てたのがバレたかと思って焦る。

 
星空。

隣を歩く、
小さな背中。

風が吹く。

空くんは、
前を向いたまま歩いてる。

私は少しだけ笑って、
隣に並んだ。