隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

空はまだ明るいのに、
風だけ少し涼しい。

グラウンドの向こう。

大きな入道雲。

もう夏みたいな空だった。

「で?」

隣から、
落ち着いた声。

「どこ走るの」

空くん。

自前のジャージ姿。

思ったより、
かっこいいのがムカつく。

足長。

いや。

小さいけど。

バランスいい。

……なんか悔しい。

「星野?」

「あ、はい!!」

やば。

見てた。

「ぼーっとしてんな」

「してないし!」

私は慌てて咳払いした。

「えっとね!
校舎の周り!」

「グラウンドじゃないんだ」

「景色変わるほうが好き」

「贅沢者」

「一周ね!」

「短くない?」

「え?」

「勝負だろ」

……確かに。

「じゃあ、
三周!!」

「増えすぎ」

決まってる空くんとは対照的に、私が着てるのは学校の体操服。

……ジャージ、
買いに行こう。

肩まで伸びた髪を結ぶ私に、
空くんが言う。

「負けたら、
ジュース」

……え。

覚えてたんだ。

ニヤつく顔も隠さず答えた。

「望むところ!!」



スタートラインは、
駐輪場の端。

空くんは、
少し離れて立った。

風が吹く。

アスファルトの匂い。

遠くから聞こえる、
部活の声。

「空くん」

「……なに」

「私たち青春してる」

「あほ」

スタートの合図もなく。

突然、
空くんが走り出した。

「あー!ずる!!
待てこの――あてっ」

ジャージを引っ掴んだら、
軽くこづかれた。

気を取り直して、
走り出す。

走るのは好き。

風の音も。

アスファルトを蹴る、
シューズの音も。

心地いい。

そして今日は。

隣に、
空くんがいる。

……それにしても。

速っ。

ぐんぐんペースを上げる空くんに、私は離れないよう必死でくらいつく。

すると。

空くんが、
ちらっとこっちを見た。

一瞬。

目を丸くしたみたいだった。

「やるね」

息ひとつ乱れてない声で、
空くんが小さく呟く。

「でしょ!!!」

「うるさ。
走りながら喋んな」

「空くんこそ!」

「喋ってない」

「今喋った!」

ふっ。

空くんが笑う。

走りながら。

その顔が、
なんかずるかった。



二周目。

空は、
少し赤くなり始めていた。

入道雲の端っこが、
夕日に染まってる。

風。

汗。

息。

全部ぐちゃぐちゃなのに。

なんか。

笑ってしまう。

「はっ……
待って……
しんど……」

「無理するから」

空くん、
普通に走ってる。

なんなのこの人。

「だから……
一周って言ったのにー……」

すると。

空くんが、
少しだけ速度を落とした。

「……ほら」

「え?」

「合わせる」

一歩先を走っていた空くんが、
私の隣に並ぶ。

小さい。

でも、
歩幅は大きい。

意地悪。

優しい。

変な感じ。

まだ出会って少しなのに。


「空くん」

「なに」

「また走ろうよ」

空くんは黙る。

そして。

前を向いたまま言った。

「……気が向いたら」

◇ 空 side ◇

……速い。

正直、
びっくりした。

うるさいし。

落ち着きないし。

絶対、
体力ないと思ってた。

なのに。

ちゃんと速い。

負けず嫌い。

真っ直ぐ。

笑いながら走るやつ、
初めて見た。

気づけば。

ペースを、
合わせてた。

勝負だったはずなのに。

……まあいい。

別に。

校舎裏の坂道。

“とんだ青春やってる”と、
ヘトヘトの星野を見て。

……まあ。

また付き合ってやってもいい。

気が向いたら。