隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

放課後。

ガヤガヤしていた教室も、
少しずつ静かになっていく。

窓の外。

オレンジ色。

春の夕方の光が、
教室の床に長く伸びていた。

「じゃーな!」

「また明日ー!」

みんなが帰っていく中。

私は机に突っ伏していた。

「つっかれたぁ……」

中学って、
なんか疲れる。

知らない人いっぱいだし。

授業長いし。

あと。

見上げすぎて首が痛い。

「……帰んないの」

隣から聞こえる低い声に、顔を上げる。

空くん。

もうカバン持ってる。

「帰るよー」

そう言いながら、私はぐでっと机に伸びる。

「でも今、
充電切れ」

「……携帯かよ」

私は机に突っ伏したまま言う。

「私だよ」

「ふっ」

……あ

「空くん、今笑った!!」

「笑ってない」

「いや笑った!!!」

「気のせい」

むぅ。

またそれ。

「空くんって、
笑うと可愛いよね」

ぴたり。

止まる空気。

あ。

また言っちゃった。

「……その言葉、禁止」

「えー」

「腹立つ」

「いいじゃーん」

「お前もチビだろ」

私は胸を張る。

「チビで何が悪い!」

すると。

空くんは、
少し笑った。

「……その言葉、
ちょっと沁みる」

そう言って、
また少し笑った。

ねえ。

やっぱり可愛いよ、
空くん。

「空くん、可愛い」

「だからやめろって」

私は笑いながら、机の上の教科書をカバンへ詰め込む。

「ありんこ」

「……あほしの」

「努力型」

空くんが黙る。

私は続けて言った。

「空くんって、
すごいよね」

「……何が」

「努力できるの」

ノートをしまう空くんの手が、
途中で止まる。

「だってさ、
頭いい人って、
最初から頭の作りが違うものだと思ってた」

私はカバンのチャックをいじる。

「でも空くん、
ちゃんと頑張ってるんだなーって思って」

空くんは目を伏せて、
カバンを持ち上げた。

「……帰る」

え。

「ま、待って待って!!
怒った!?」

教室のドアへ向かいながら、
空くんが小さく言う。

「……別に」

私は急いでカバンを掴み、
空くんの後を追いかけた。

「あ、そうだ」

「うわっ」

ぴたりと立ち止まった空くんの背中に、私は今日だけで二回もぶつかった。

振り返った空くんは、
私に何やらくしゃくしゃの紙を手渡す。

そこには。

ありんこ。

「なんでこれ……」

言いかけたところで、
紙の端っこに気づいた。

小さな文字。

『似てない』

「ふはっ……!」

口元が緩んだ。

なにこれ。

変なの。

冷たいくせに。

ちゃんと返してくれるんだ。

しかも。

字、
ちっちゃ。

なんなの、
この人。

そそくさと歩き始めた空くんの背中に、私は慌てて叫んだ。

「空くーーーーん!!!」

夕方の廊下に、
声が響く。

振り返る、
小さな背中。

「また明日!!!」

空くんは立ち止まって、
また前を向く。

「……うるさい」

でも。

その声は。

ほんの少し、
笑ってる気がした。

◇ 空 side ◇

学校なんて、
静かに過ごせる方が、
いいに決まってる。

帰り際。

廊下に響いた、
どでかい声。

『空くーーーーーーん!!!』

『また明日!!!』

足が止まった。

あの悪魔みたいなやつに
振り回されるのはごめんだ。

あいつは
これでもかと背伸びして、
手を振っている。

変なやつの隣になった。

ほんと、ペース狂う。