初めて来た駅に一人。
私は改札の前で、
完全に固まっていた。
人。
多い。
駅。
広い。
知らない街。
「……むり」
私はスマホの画面を見下ろす。
細かく書かれた道案内。
改札。
出口。
待ち合わせ場所。
全部、
空くんが送ってきたもの。
本当は。
「迎え行く」
って言われてた。
でも。
さすがに悪いと思って、
大丈夫って断った。
その結果。
送られてきたのが、
この細かすぎる道案内。
何回も見返したせいで、
画面はもう指紋だらけだった。
それでも。
私はまた、
同じメッセージを開く。
「……むり」
「星野」
低い声。
振り向く。
空くん。
改札の向こう。
黒いコート。
首元には、
ダークグレーのストール。
少し伸びた髪。
そして。
ちょっと呆れた顔。
私は一気に安心して、
駆け寄った。
「空くん!!」
「迷子?」
「ま、まだ迷ってないし!」
空くんが、
小さく笑う。
「顔、
迷子だった」
ひどい。
でも。
その笑い方を見た瞬間、
張っていた緊張が、
少しだけほどけた。
◇
駅から大学までの道。
銀杏並木。
吐く息は白くて。
私はマフラーへ顔を埋めながら、
周りを見渡した。
「うわぁ……
大学生っぽい……」
「偏見」
「だってキラキラしてる!」
歩いてる学生たちも。
カフェも。
掲示板も。
全部。
私の知らない世界みたいだった。
空くんが数歩歩いてから言った。
「腹減った」
「急だね!!」
空くんが、
道の途中のキッチンカーを指差す。
「クレープ」
え。
「空くん甘いの食べるの!?」
「たまに」
「意外!」
「失礼」
私はにやにやしながら、
クレープのメニューを見る。
バナナ。
チョコ。
……いちご。
一択!
空くんが、
横から言った。
「星野は、
いちごのやつ」
「なんで分かったの!?」
空くんが、
口元を緩める。
「なんででも」
むかつく。
でも。
嫌じゃない。
◇
ベンチ。
冬の空。
私はクレープを食べながら、
小さく笑った。
「大学って、
やっぱり楽しそう」
空くんは缶コーヒーを持ったまま、
少しだけ肩を竦める。
「まあね」
「……なんかむかつく」
「はは」
空くんが笑った、
その瞬間。
後ろから、
明るい声が響いた。
「あれ!
朝比奈先輩!」
振り向くと。
大学の女の子たち。
「先輩、
今日いたんだー!」
「サボってるなら、
手伝ってくださいよー!」
「無理」
「えー!」
そのやり取りが、
なんだか慣れてる。
後輩たちも、
空くんも、笑ってる。
一人の女の子が、
私を見て目を丸くした。
「あれ、
珍しい」
「なにが」
「先輩、
人連れてる」
え。
私は空くんを見る。
空くんは、
少しだけ眉を寄せた。
「……別にいいだろ」
「いや、
レアすぎてびっくりしただけです!」
後輩たちは、
楽しそうに笑う。
「朝比奈先輩、
そんな顔するんだー」
私は、
マフラーへ顔を埋める。
「うるさい」
空くんはそう言って立ち上がった。
◇
「こっち」
空くんが、
歩き出す。
私は慌てて後を追う。
研究室。
サークル棟。
購買。
空くんは、
次々と案内してくれる。
その途中でも。
「朝比奈先輩!」
「空じゃん」
って、
何回も呼び止められる。
私はそのたび、
少しずつ後ろへ下がった。
空くんは、
みんなと自然に話してる。
笑ったり。
軽くツッコんだり。
知らない顔。
知らない空気。
私は小さく、
マフラーへ顔を埋めた。
その時。
「空ー!」
明るい声。
振り向くと。
長い髪をゆるく巻いた、
大人っぽい女の人が、
こっちへ歩いてくる。
ベージュのロングコート。
そのまま、
ぽんっと空くんの肩を叩いた。
「課題出した?」
「まだ」
「終わったじゃん」
「なんとかなる」
「ならないって」
距離が近い。
慣れてる。
“空”って呼んでる。
私は黙ったまま、
その様子を見つめる。
さっきまで私のいた場所に、
違う人がいる。
二人はそのまま、
講義の話を始めた。
教授の名前。
レポート。
単位。
知らない言葉ばっかり。
空くんが、
ふと後ろを見る。
「……星野、
ちゃんと来てる?」
え。
私は顔を上げる。
女の人が、
吹き出した。
「空、
過保護すぎ」
そのあと。
くすっと笑って続ける。
「なんか妹みたい」
私は視線を逸らした。
女の人はまた笑って、
手を振りながら去っていく。
残ったのは、
冬の風と、
少しだけざわつく胸。
私はマフラーへ顔を埋めたまま、
小さく息を吐いた。
その時。
「あれ?
紬さん?」
聞き覚えのある声。
ぱっと振り向く。
高瀬さん。
図書館の常連さん。
私は、
ほっとしたみたいに笑った。
「あっ、高瀬さん!?
え、なんでここに!?」
すると。
高瀬さんが笑う。
「ここの出身なんです」
「えーーー!?」
私の声は一気に弾んだ。
◇
しばらく話したあと。
「じゃあ、
また図書館で」
高瀬さんが手を振って離れていく。
私は小さく頭を下げた。
その時。
ぐいっ。
「っ……」
腕を掴まれる。
私は顔を上げた。
空くん。
少しだけ眉を寄せてる。
「……なんで離れるの」
低い声。
「べ、別に離れてないし!」
空くんが、
少しだけ眉を寄せる。
「……離れようとしてた」
見抜かれてる。
私は視線を逸らす。
空くんが、
少し間を空けて言った。
「……逃げないでくれる」
私は目を伏せたまま答える。
「……逃げてないもん」
「……じゃあ、
ちゃんと隣いて」
私は思わず、
空くんを見る。
でも。
空くんは、
前を向いたままだった。
◇
学祭帰り。
夜。
バスターミナルへ向かう道。
冬の風が、
頬に少し冷たい。
並ぶ影。
街灯の灯り。
楽しかったのに。
明るく帰りたいのに。
私は、
少し俯いたまま歩く。
「……星野?」
視線を向ける。
空くんが、
少し屈むみたいにして、
私の顔を覗き込んでる。
近い。
「な、なに」
「静か」
見透かされてる。
私はマフラーへ顔を埋めた。
「空くん、
知らない街で、
ちゃんと過ごしてるんだなーって思って」
「は?」
「知らない顔、
いっぱい見た」
絞り出した声は、
思ったより小さかった。
風。
街灯。
沈黙。
私は小さく笑う。
「……あの人とか」
「ん?」
数秒。
空くんが、
首を傾げる。
私は視線を逸らして、
小さく続けた。
「講義の話してた。
……空って呼んでた。」
その瞬間。
空くんが、
思い出す。
「ああ」
でも。
空くんは、
すぐに前を向いた。
「……ああいうの、
別に得意じゃないし」
「え」
「……だから、
そんな顔すんな」
「……どんな顔」
「拗ねてる」
私は顔を逸らした。
「ち、違うもん」
空くんが、
小さく笑った。
そして。
「……こっちのほうがいいって、
前も言ったろ」
その瞬間。
思い出す。
夕焼け。
文化祭。
走りながら聞いた声。
景色がぼやける。
私は小さく笑った。
「……そっか」
空くんは、
ふっと笑って、
また歩き始めた。
◇
バスターミナル。
白い街灯。
行き交う人。
夜行バスの列。
私はマフラーへ顔を埋めながら、
小さく息を吐く。
時刻表を見上げる。
……もう、
帰るんだ。
その時。
「……俺も乗る」
「え?」
「迷子なるから」
私は吹き出した。
「まだ言うの!?」
空くんが、
少しだけ目を細める。
「駅で固まってたやつが?」
「うっ……」
反論できない。
私はむっとしながら、
口を尖らせる。
「空くん、
心配しすぎだもん」
空くんは、
小さくため息をついた。
「そりゃするだろ」
私は視線を逸らしたまま、
つぶやく。
「……妹みたい、
だから?」
数秒。
空くんの足が、
止まる。
私は思わず顔を上げた。
空くんは、
少しだけ目を丸くしてる。
そのあと。
ふっと、
優しく笑った。
「……それ、
本気で言ってる?」
私は瞬きをする。
低いエンジン音が、
夜のロータリーへ響いた。
ゆっくり入ってくる、
夜行バス。
白いライト。
到着を告げるアナウンス。
周りの人たちも、
少しずつ動き始める。
空くんが、
少しだけ視線を逸らしたまま、
つぶやく。
「俺、
お前が思ってるほど、
大人じゃない」
「……え?」
その瞬間。
空くんが、
さっきの高瀬さんの声を真似するみたいに、
小さく言った。
「……紬さん」
はっとする。
空くんは、
前を向いたまま。
「まだ、
星野がいいの」
私は一気に顔が熱くなる。
少しだけ沈黙。
そのあと。
空くんが、
こっちを見る。
「……そろそろ、
紬でよくない?」
私は何も言えないまま、
小さく頷いた。
『紬』
まだ少し慣れないその呼び方が、
胸の奥で、
何度も静かに響いていた。
私は改札の前で、
完全に固まっていた。
人。
多い。
駅。
広い。
知らない街。
「……むり」
私はスマホの画面を見下ろす。
細かく書かれた道案内。
改札。
出口。
待ち合わせ場所。
全部、
空くんが送ってきたもの。
本当は。
「迎え行く」
って言われてた。
でも。
さすがに悪いと思って、
大丈夫って断った。
その結果。
送られてきたのが、
この細かすぎる道案内。
何回も見返したせいで、
画面はもう指紋だらけだった。
それでも。
私はまた、
同じメッセージを開く。
「……むり」
「星野」
低い声。
振り向く。
空くん。
改札の向こう。
黒いコート。
首元には、
ダークグレーのストール。
少し伸びた髪。
そして。
ちょっと呆れた顔。
私は一気に安心して、
駆け寄った。
「空くん!!」
「迷子?」
「ま、まだ迷ってないし!」
空くんが、
小さく笑う。
「顔、
迷子だった」
ひどい。
でも。
その笑い方を見た瞬間、
張っていた緊張が、
少しだけほどけた。
◇
駅から大学までの道。
銀杏並木。
吐く息は白くて。
私はマフラーへ顔を埋めながら、
周りを見渡した。
「うわぁ……
大学生っぽい……」
「偏見」
「だってキラキラしてる!」
歩いてる学生たちも。
カフェも。
掲示板も。
全部。
私の知らない世界みたいだった。
空くんが数歩歩いてから言った。
「腹減った」
「急だね!!」
空くんが、
道の途中のキッチンカーを指差す。
「クレープ」
え。
「空くん甘いの食べるの!?」
「たまに」
「意外!」
「失礼」
私はにやにやしながら、
クレープのメニューを見る。
バナナ。
チョコ。
……いちご。
一択!
空くんが、
横から言った。
「星野は、
いちごのやつ」
「なんで分かったの!?」
空くんが、
口元を緩める。
「なんででも」
むかつく。
でも。
嫌じゃない。
◇
ベンチ。
冬の空。
私はクレープを食べながら、
小さく笑った。
「大学って、
やっぱり楽しそう」
空くんは缶コーヒーを持ったまま、
少しだけ肩を竦める。
「まあね」
「……なんかむかつく」
「はは」
空くんが笑った、
その瞬間。
後ろから、
明るい声が響いた。
「あれ!
朝比奈先輩!」
振り向くと。
大学の女の子たち。
「先輩、
今日いたんだー!」
「サボってるなら、
手伝ってくださいよー!」
「無理」
「えー!」
そのやり取りが、
なんだか慣れてる。
後輩たちも、
空くんも、笑ってる。
一人の女の子が、
私を見て目を丸くした。
「あれ、
珍しい」
「なにが」
「先輩、
人連れてる」
え。
私は空くんを見る。
空くんは、
少しだけ眉を寄せた。
「……別にいいだろ」
「いや、
レアすぎてびっくりしただけです!」
後輩たちは、
楽しそうに笑う。
「朝比奈先輩、
そんな顔するんだー」
私は、
マフラーへ顔を埋める。
「うるさい」
空くんはそう言って立ち上がった。
◇
「こっち」
空くんが、
歩き出す。
私は慌てて後を追う。
研究室。
サークル棟。
購買。
空くんは、
次々と案内してくれる。
その途中でも。
「朝比奈先輩!」
「空じゃん」
って、
何回も呼び止められる。
私はそのたび、
少しずつ後ろへ下がった。
空くんは、
みんなと自然に話してる。
笑ったり。
軽くツッコんだり。
知らない顔。
知らない空気。
私は小さく、
マフラーへ顔を埋めた。
その時。
「空ー!」
明るい声。
振り向くと。
長い髪をゆるく巻いた、
大人っぽい女の人が、
こっちへ歩いてくる。
ベージュのロングコート。
そのまま、
ぽんっと空くんの肩を叩いた。
「課題出した?」
「まだ」
「終わったじゃん」
「なんとかなる」
「ならないって」
距離が近い。
慣れてる。
“空”って呼んでる。
私は黙ったまま、
その様子を見つめる。
さっきまで私のいた場所に、
違う人がいる。
二人はそのまま、
講義の話を始めた。
教授の名前。
レポート。
単位。
知らない言葉ばっかり。
空くんが、
ふと後ろを見る。
「……星野、
ちゃんと来てる?」
え。
私は顔を上げる。
女の人が、
吹き出した。
「空、
過保護すぎ」
そのあと。
くすっと笑って続ける。
「なんか妹みたい」
私は視線を逸らした。
女の人はまた笑って、
手を振りながら去っていく。
残ったのは、
冬の風と、
少しだけざわつく胸。
私はマフラーへ顔を埋めたまま、
小さく息を吐いた。
その時。
「あれ?
紬さん?」
聞き覚えのある声。
ぱっと振り向く。
高瀬さん。
図書館の常連さん。
私は、
ほっとしたみたいに笑った。
「あっ、高瀬さん!?
え、なんでここに!?」
すると。
高瀬さんが笑う。
「ここの出身なんです」
「えーーー!?」
私の声は一気に弾んだ。
◇
しばらく話したあと。
「じゃあ、
また図書館で」
高瀬さんが手を振って離れていく。
私は小さく頭を下げた。
その時。
ぐいっ。
「っ……」
腕を掴まれる。
私は顔を上げた。
空くん。
少しだけ眉を寄せてる。
「……なんで離れるの」
低い声。
「べ、別に離れてないし!」
空くんが、
少しだけ眉を寄せる。
「……離れようとしてた」
見抜かれてる。
私は視線を逸らす。
空くんが、
少し間を空けて言った。
「……逃げないでくれる」
私は目を伏せたまま答える。
「……逃げてないもん」
「……じゃあ、
ちゃんと隣いて」
私は思わず、
空くんを見る。
でも。
空くんは、
前を向いたままだった。
◇
学祭帰り。
夜。
バスターミナルへ向かう道。
冬の風が、
頬に少し冷たい。
並ぶ影。
街灯の灯り。
楽しかったのに。
明るく帰りたいのに。
私は、
少し俯いたまま歩く。
「……星野?」
視線を向ける。
空くんが、
少し屈むみたいにして、
私の顔を覗き込んでる。
近い。
「な、なに」
「静か」
見透かされてる。
私はマフラーへ顔を埋めた。
「空くん、
知らない街で、
ちゃんと過ごしてるんだなーって思って」
「は?」
「知らない顔、
いっぱい見た」
絞り出した声は、
思ったより小さかった。
風。
街灯。
沈黙。
私は小さく笑う。
「……あの人とか」
「ん?」
数秒。
空くんが、
首を傾げる。
私は視線を逸らして、
小さく続けた。
「講義の話してた。
……空って呼んでた。」
その瞬間。
空くんが、
思い出す。
「ああ」
でも。
空くんは、
すぐに前を向いた。
「……ああいうの、
別に得意じゃないし」
「え」
「……だから、
そんな顔すんな」
「……どんな顔」
「拗ねてる」
私は顔を逸らした。
「ち、違うもん」
空くんが、
小さく笑った。
そして。
「……こっちのほうがいいって、
前も言ったろ」
その瞬間。
思い出す。
夕焼け。
文化祭。
走りながら聞いた声。
景色がぼやける。
私は小さく笑った。
「……そっか」
空くんは、
ふっと笑って、
また歩き始めた。
◇
バスターミナル。
白い街灯。
行き交う人。
夜行バスの列。
私はマフラーへ顔を埋めながら、
小さく息を吐く。
時刻表を見上げる。
……もう、
帰るんだ。
その時。
「……俺も乗る」
「え?」
「迷子なるから」
私は吹き出した。
「まだ言うの!?」
空くんが、
少しだけ目を細める。
「駅で固まってたやつが?」
「うっ……」
反論できない。
私はむっとしながら、
口を尖らせる。
「空くん、
心配しすぎだもん」
空くんは、
小さくため息をついた。
「そりゃするだろ」
私は視線を逸らしたまま、
つぶやく。
「……妹みたい、
だから?」
数秒。
空くんの足が、
止まる。
私は思わず顔を上げた。
空くんは、
少しだけ目を丸くしてる。
そのあと。
ふっと、
優しく笑った。
「……それ、
本気で言ってる?」
私は瞬きをする。
低いエンジン音が、
夜のロータリーへ響いた。
ゆっくり入ってくる、
夜行バス。
白いライト。
到着を告げるアナウンス。
周りの人たちも、
少しずつ動き始める。
空くんが、
少しだけ視線を逸らしたまま、
つぶやく。
「俺、
お前が思ってるほど、
大人じゃない」
「……え?」
その瞬間。
空くんが、
さっきの高瀬さんの声を真似するみたいに、
小さく言った。
「……紬さん」
はっとする。
空くんは、
前を向いたまま。
「まだ、
星野がいいの」
私は一気に顔が熱くなる。
少しだけ沈黙。
そのあと。
空くんが、
こっちを見る。
「……そろそろ、
紬でよくない?」
私は何も言えないまま、
小さく頷いた。
『紬』
まだ少し慣れないその呼び方が、
胸の奥で、
何度も静かに響いていた。


