隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

ガタン。

「……星野」

低い声。

静かに立ち上がる空くん。

あ。

これ。

終わった。

「え、ちょ、待っ――」

空くんが、私の手から紙をひったくる。

私は空くんの肩越しに覗き込んだ。

改めて見る。

自分の絵。

丸が三つ。

細い棒。

ぴょこんと触角。

……可愛いありんこ。

完璧。

われながら、
会心の出来。

すると。

空くんが眉を寄せた。

「……俺、こんな顔?」

「うん!」

「即答かよ」

「だって似てるもん!
小さいし、
ちょっと無表情だし!」

「悪口?」

「褒め言葉!」

「意味がわからない」

その時。

後ろから、
盛大な笑い声。

「いやいやいや!!
ありんこって!!」

葛西くんが、机を叩いて笑ってる。

「空!!
似てるって!!」

「葛西、お前うるさい」

でも。

空くん。

なんか。

口角上がってない?

え。

笑ってる?

その瞬間。

ぐしゃっ。

「えぇぇぇぇ!?」

空くんが、ありんこを丸めた。

「ひどーい!!!」

「いらない」

「いる!!」

「いらない」

「いるって!!!」

空くんは目を細めてこっちを見る。

そして、
丸めた紙を持ったまま、
ゴミ箱へ向かって歩き出した。

「え、ちょっと!!!」

私は反射的に追いかける。

「返してーー!!!」

「無理」

「いらないんでしょー!」

「いらない」

「じゃあ返しなさいよ!」

「捨てる」

教室が、
どっと笑いに包まれる。

教室を半周したところで、
突然空くんが止まった。

「うわっ」

勢い余って、
私は空くんの背中にぶつかった。

「……危な」

振り返った空くんの顔が、
思ったより近い。

近。

改めて見る。

白い肌。

長いまつ毛。

切れ長の目。

……ずるい。

じゃなくて。

「返して」

私は手を出す。

空くんは丸めた紙を見た。

「……あとで返す」

「え?」

「なんでもない」

そう言って、
空くんは自分の机へ戻っていく。

え。

今。

“あとで返す”
って言った?

捨てるんじゃなかったの?

ふーーーーーーん???



席へ戻ると、
葛西くんがにやにやしてた。

「星野」

「なに?」

「空、
あんな笑うの珍しい」

「言うほど笑ってないよ」

「喋ってるのもレア」

……え。

そうなの?

私はちらっと隣を見る。

空くん。

何事もなかったように、
教科書を開いてる。

でも。

机の端。

丸めたありんこは、
まだ、
捨てられてなかった。

◇ 空 side ◇

うるさい。

ほんと、
うるさい。

朝からずっと、
喋ってる。

なんなんだあいつ。

最初の印象は。

“落ち着きのないチビ”

俺の他にも、
背が低いやつがいるらしい。

葛西から聞いていた。

それが。

こいつ。

星野紬だった。

身長の割に、
声がでかい。

よく喋る。
ずっと笑ってる。

俺と真逆。

話を聞いた時点で、
関わる気なんてなかった。

なのに。

――「努力型、でしょ」

一瞬、
返事が出なかった。

みんな、
俺のことを
勝手に“天才”って言う。

塾に行ってないから。

勉強できるから。

……でも。

やってる。

見えないところで、
ちゃんと。

もう一度、
ぐしゃぐしゃの紙を見る。

ありんこ。

やっぱり、
あほすぎる。

小さくため息をついて。

俺は、
紙の端にペンを走らせた。