『今度、
十一月に帰る』
ある日の夜。
届いたメール。
私はベッドの上で、
思わず飛び起きた。
続けて。
『その日空けといて』
私はスマホを抱きしめる。
なんなの。
その言い方。
ずるい。
でも。
嬉しい。
すごく。
私は慌てて返信を打つ。
『空けとく!!!』
送信。
数秒後。
『うん』
私は枕へ顔を埋めた。
だめ。
楽しい。
◇
十一月。
冬の空気をまとった空。
図書館。
閉館作業。
私は時計を見ながら、
何度も入口を気にしていた。
ガラス越し。
入口の外。
見つけた。
空くん。
壁にもたれて、
携帯を見てる。
呼吸が、
少しだけ浅くなる。
◇
「お待たせ!」
私は鞄を抱えて、
外へ出た。
空くんが、
ゆっくり顔を上げる。
「……お疲れ」
優しい声。
空くんが。
また。
この街にいる。
◇
「コンビニ寄る?」
歩き出したところで、
空くんが言った。
「え、行く!」
私は笑って答えた。
夜のコンビニ。
白い灯り。
自動ドアの音。
また。
昔を思い出す。
「肉まん」
「え」
「食べないの」
私は目を見開く。
「空くん、
覚えてるの?」
「まあ」
そう言いながら、
空くんが手に取ったのは、
ブラックの缶コーヒー。
「やっぱり大人ぶってる!」
「もう大人」
「苦いじゃん!」
空くんは、
少しだけ目を細めて、
私の手元を見る。
「……季節外れ」
「冬はアイスでしょ」
「なんで」
「大人だから!」
私は得意げにチョコアイスを掲げる。
空くんが、
小さく笑う。
「変わってない」
「え?」
「そういうとこ」
◇
コンビニを出る。
夜風。
川沿い。
昔みたいに、
並んで座る。
私はストールにくるまって、
アイスを食べながら川を眺めた。
静かなのに、
落ち着く。
隣に、
空くんがいるから。
ふと、
横顔を見る。
夜風。
街灯。
大人っぽくなった輪郭。
私は小さく笑った。
「大学、
どう?」
「まぁ」
「楽しい?」
空くんは、
少し肩を竦める。
「普通」
私はアイスを見つめたまま、
小さく続ける。
「……空くん、
大学でも人気ありそう」
知らない街。
大学。
サークル。
電話の向こうで聞こえた声。
知らない人。
私の知らない空くん。
もしかしたら、
その隣には――。
私はアイスを見たまま、
小さく言った。
「……知らない時間、
いっぱいあるね」
夜風に溶けるみたいな声。
空くんは、
少しだけ黙った。
そして。
「……いない」
え。
「そういうの」
私は一気に顔を上げる。
空くんは、
前を向いたまま。
「……星野は?」
夜風。
川の音。
私は慌てて首を振る。
「い、いないし!!」
空くんが、
小さく息を吐く。
「……そっか」
その声は、
少しだけ柔らかかった。
◇
ふと。
腕時計へ視線を落とす。
……あれ。
秒針。
止まってる。
「あ……」
小さく声が漏れる。
空くんが、
こっちを見る。
私は慌てて時計を軽く振った。
でも。
動かない。
「……ついに止まっちゃった」
私は小さく笑う。
「前から、
ちょっとずつズレてたんだけどね」
そう言いながら、
指先で時計を撫でる。
気づいたら。
ずっと、
外せなくなってた。
空くんは、
しばらく黙ったままだった。
そのあと。
「……ちょっと時間ある?」
◇
ショッピングモール。
時計店。
私は値札を見た瞬間、
一歩下がった。
「高っ!!」
空くんは、
私の腕の時計を見る。
止まった針。
少し擦れたベルト。
「貸して」
え。
私はぽかんとしたまま、
時計を外す。
空くんは、
それを受け取ると、
店員さんへ差し出した。
「これ、
直せますか」
「お預かりになりますが」
空くんは、
小さく頷く。
「お願いします」
「えっ!?」
私は空くんを見る。
空くんは、
もう店頭の時計を見ていた。
私はその横で、
並んだ時計をぼんやり眺める。
その中で。
ひとつだけ、
目が止まった。
シャンパンゴールドの文字盤。
細いオレンジのベルト。
夕焼けを閉じ込めたみたいな時計。
その瞬間。
空くんが、
その時計を手に取る。
「これ」
え。
私は瞬きをする。
空くんは、
時計を軽く揺らしながら言った。
「好き?」
「……なんで分かったの」
短く息を吐いて、
空くんが言う。
「星野っぽいから」
私は目を見開く。
空くんは、
時計を見たまま続けた。
「……買う」
「え!?!?」
私は一気に現実へ引き戻される。
「いいよいいよ!!
高いって!!」
慌てて首を振る。
「……好みじゃない?」
「すっごく好きだけど!」
空くんが、
呆れたみたいに小さくため息をつく。
「……じゃあ、交換条件」
「え?」
空くんは、
少し視線を逸らした。
「今度、
学祭来て」
私は一瞬、
言葉を失う。
空くんは、
静かに続ける。
「……見せるから」
数秒。
空くんが、
少しだけ視線を落とす。
そして。
「……知らない時間」
胸の奥が、
ぎゅっと熱くなる。
大学の空くん。
知らない場所。
知らない時間。
私は思わず、
小さく笑った。
「……ずるい」
◇
帰り道。
夜風。
並ぶ影。
「……また帰るし」
空くんは前を向いたまま、
続けた。
「その時、
また会えばいいだろ」
その言い方が。
あまりにも自然で。
まるで。
これから先も、
当たり前みたいに続いていくみたいで。
息が、ほどける。
私は小さく笑う。
「……うん」
そのあと。
ふと。
腕時計へ視線が落ちる。
夕焼けを閉じ込めたみたいな、
新しい腕時計。
夜の灯りを映して、
静かに光ってる。
……学祭か。
知らない時間。
大学の空くん。
なんか、
変に緊張する。
「……星野?」
低い声。
気づけば、
空くんがこっちを見ていた。
「……空くん」
「……ん?」
私はぎゅっと時計を握る。
そして。
小さく聞いた。
「……ほんとに、
行ってもいいの?」
空くんは、
少しだけ眉を寄せる。
「俺が来てって言った」
呼吸が止まりそうになる。
空くんは、
そのまま歩き続ける。
私はマフラーに顔を埋める。
「……絶対行く」
夜風が吹く。
隣を歩く歩幅が近い。
私はもう一度、
新しい腕時計へ触れた。
十一月に帰る』
ある日の夜。
届いたメール。
私はベッドの上で、
思わず飛び起きた。
続けて。
『その日空けといて』
私はスマホを抱きしめる。
なんなの。
その言い方。
ずるい。
でも。
嬉しい。
すごく。
私は慌てて返信を打つ。
『空けとく!!!』
送信。
数秒後。
『うん』
私は枕へ顔を埋めた。
だめ。
楽しい。
◇
十一月。
冬の空気をまとった空。
図書館。
閉館作業。
私は時計を見ながら、
何度も入口を気にしていた。
ガラス越し。
入口の外。
見つけた。
空くん。
壁にもたれて、
携帯を見てる。
呼吸が、
少しだけ浅くなる。
◇
「お待たせ!」
私は鞄を抱えて、
外へ出た。
空くんが、
ゆっくり顔を上げる。
「……お疲れ」
優しい声。
空くんが。
また。
この街にいる。
◇
「コンビニ寄る?」
歩き出したところで、
空くんが言った。
「え、行く!」
私は笑って答えた。
夜のコンビニ。
白い灯り。
自動ドアの音。
また。
昔を思い出す。
「肉まん」
「え」
「食べないの」
私は目を見開く。
「空くん、
覚えてるの?」
「まあ」
そう言いながら、
空くんが手に取ったのは、
ブラックの缶コーヒー。
「やっぱり大人ぶってる!」
「もう大人」
「苦いじゃん!」
空くんは、
少しだけ目を細めて、
私の手元を見る。
「……季節外れ」
「冬はアイスでしょ」
「なんで」
「大人だから!」
私は得意げにチョコアイスを掲げる。
空くんが、
小さく笑う。
「変わってない」
「え?」
「そういうとこ」
◇
コンビニを出る。
夜風。
川沿い。
昔みたいに、
並んで座る。
私はストールにくるまって、
アイスを食べながら川を眺めた。
静かなのに、
落ち着く。
隣に、
空くんがいるから。
ふと、
横顔を見る。
夜風。
街灯。
大人っぽくなった輪郭。
私は小さく笑った。
「大学、
どう?」
「まぁ」
「楽しい?」
空くんは、
少し肩を竦める。
「普通」
私はアイスを見つめたまま、
小さく続ける。
「……空くん、
大学でも人気ありそう」
知らない街。
大学。
サークル。
電話の向こうで聞こえた声。
知らない人。
私の知らない空くん。
もしかしたら、
その隣には――。
私はアイスを見たまま、
小さく言った。
「……知らない時間、
いっぱいあるね」
夜風に溶けるみたいな声。
空くんは、
少しだけ黙った。
そして。
「……いない」
え。
「そういうの」
私は一気に顔を上げる。
空くんは、
前を向いたまま。
「……星野は?」
夜風。
川の音。
私は慌てて首を振る。
「い、いないし!!」
空くんが、
小さく息を吐く。
「……そっか」
その声は、
少しだけ柔らかかった。
◇
ふと。
腕時計へ視線を落とす。
……あれ。
秒針。
止まってる。
「あ……」
小さく声が漏れる。
空くんが、
こっちを見る。
私は慌てて時計を軽く振った。
でも。
動かない。
「……ついに止まっちゃった」
私は小さく笑う。
「前から、
ちょっとずつズレてたんだけどね」
そう言いながら、
指先で時計を撫でる。
気づいたら。
ずっと、
外せなくなってた。
空くんは、
しばらく黙ったままだった。
そのあと。
「……ちょっと時間ある?」
◇
ショッピングモール。
時計店。
私は値札を見た瞬間、
一歩下がった。
「高っ!!」
空くんは、
私の腕の時計を見る。
止まった針。
少し擦れたベルト。
「貸して」
え。
私はぽかんとしたまま、
時計を外す。
空くんは、
それを受け取ると、
店員さんへ差し出した。
「これ、
直せますか」
「お預かりになりますが」
空くんは、
小さく頷く。
「お願いします」
「えっ!?」
私は空くんを見る。
空くんは、
もう店頭の時計を見ていた。
私はその横で、
並んだ時計をぼんやり眺める。
その中で。
ひとつだけ、
目が止まった。
シャンパンゴールドの文字盤。
細いオレンジのベルト。
夕焼けを閉じ込めたみたいな時計。
その瞬間。
空くんが、
その時計を手に取る。
「これ」
え。
私は瞬きをする。
空くんは、
時計を軽く揺らしながら言った。
「好き?」
「……なんで分かったの」
短く息を吐いて、
空くんが言う。
「星野っぽいから」
私は目を見開く。
空くんは、
時計を見たまま続けた。
「……買う」
「え!?!?」
私は一気に現実へ引き戻される。
「いいよいいよ!!
高いって!!」
慌てて首を振る。
「……好みじゃない?」
「すっごく好きだけど!」
空くんが、
呆れたみたいに小さくため息をつく。
「……じゃあ、交換条件」
「え?」
空くんは、
少し視線を逸らした。
「今度、
学祭来て」
私は一瞬、
言葉を失う。
空くんは、
静かに続ける。
「……見せるから」
数秒。
空くんが、
少しだけ視線を落とす。
そして。
「……知らない時間」
胸の奥が、
ぎゅっと熱くなる。
大学の空くん。
知らない場所。
知らない時間。
私は思わず、
小さく笑った。
「……ずるい」
◇
帰り道。
夜風。
並ぶ影。
「……また帰るし」
空くんは前を向いたまま、
続けた。
「その時、
また会えばいいだろ」
その言い方が。
あまりにも自然で。
まるで。
これから先も、
当たり前みたいに続いていくみたいで。
息が、ほどける。
私は小さく笑う。
「……うん」
そのあと。
ふと。
腕時計へ視線が落ちる。
夕焼けを閉じ込めたみたいな、
新しい腕時計。
夜の灯りを映して、
静かに光ってる。
……学祭か。
知らない時間。
大学の空くん。
なんか、
変に緊張する。
「……星野?」
低い声。
気づけば、
空くんがこっちを見ていた。
「……空くん」
「……ん?」
私はぎゅっと時計を握る。
そして。
小さく聞いた。
「……ほんとに、
行ってもいいの?」
空くんは、
少しだけ眉を寄せる。
「俺が来てって言った」
呼吸が止まりそうになる。
空くんは、
そのまま歩き続ける。
私はマフラーに顔を埋める。
「……絶対行く」
夜風が吹く。
隣を歩く歩幅が近い。
私はもう一度、
新しい腕時計へ触れた。


